第21話 刀竜 対 刀竜

 地面に突っ込むように降り立った飛竜は、そのまま翼を下げてばたりと倒れ込む。よく見れば頭部は傷だらけで、半端に根本だけ残った角が四つ。赤いものもあちこちにこびりつき、息も絶え絶えという風情だ。

 その背から二人の男女が飛び降りた。

 防壁からそれを見ていたチェカナが叫んだ。


「リリシャ様! リリシャ様と若様だ!」

「何っ!?」


 王も、モーサバー侯爵もマトネルも。近衛の騎士たちも兵士も、野次馬の市民も。皆が一斉にそちらに注目した。

 長い剣を背負った体格のいい茶色の髪の若者。その腕に抱かれるように寄り添う黒髪の女騎士。彼女の髪には白い野薔薇が飾られている。


「……いや、あれはどこの姫だ?」

「何言ってるんです陛下! リリシャ様ですよ!」


 チェカナの返しを咎めもせず、王は騎士姿の娘を眺める。

 彼女は共に降り立った若者を見上げて微笑むと、送り出すように軽くその背を押した。そして一歩下がって軽く一礼して若者を見送る。行ってらっしゃいませ、という声が聞こえるようだった。


「一体何があった……」


 姿形は間違いなく我が娘。無事の喜びはあるが、それよりも王は驚きと困惑の方が大きかった。

 辺境へ送り出した時はいつものリリシャだった。堂々と胸を張り、昂然と顔を上げ、男言葉ではきはきと喋る勝気な女騎士だった。

 近づく男をことごとく切って捨てた堅物の近衛騎士。

 それが楚々とした柔らかな雰囲気で男を見送っている。普段からこうであれば、求婚者が引きも切らなかっただろうに。


「あれが、辺境伯の子息か?」

「そうです。ホントに普通に帰ってきた。さすが若」


 王はこの場で唯一本人を知るチェカナに確認する。チェカナは頷き、明るい声を上げた。

 若者が前へ進み、さっきまでペリネイと交戦していた側近たちは引き上げていく。


「彼らは何故後退するのだ?」

「若にお任せするんじゃないですか?」

「は?」


 モーサバー侯爵が疑問を口にすると、チェカナが当然のように答えた。マトネルが山で見た魔獣の死体を思い出して言う。


「そういえばあのペリネイを倒したのはハラルリクム殿だったね」

「ですですぅ」


 ペリネイの刀角の剣を持っているから、ハラルリクムが対処したのだと言っていた。そこから連鎖的に初討伐は丸太だったという話が頭に浮かぶ。


「……いやいや、まさかそんな」

「マトネル?」

「いえ、何でもありません」


 あの怪物相手にさすがにそれはない。今そんな逸話を教えても混乱するだけだ。

 警戒していた飛竜に動きがないと見て、ペリネイの注意が眼前の人間に向いた。低い唸り声がする。

 いつ動くのか。防壁の上の人々は、その瞬間を息をひそめて待った。





「ウェスリド、大丈夫か?」


 ハラルリクムが声をかけると、補佐の青年は息を整えながら言った。


「ま、何とかなったようです。あとはお願いしていいですか」

「ああ。……よく持たせてくれた」


 ハラルリクムはウェスリドの持つ刀角に目を落とす。それは欠け、細かいひびが入っていた。


「これでよく戦えたものだ。さすがだな」

「はは。俺にも立場ってもんがありますから」


 辺境育ちではないウェスリドが、他の者を差し置いてハラルリクムの側近を務めているのは、周囲を黙らせるだけの実力があるからだ。

 成竜と何度も切り結んだ結果、子竜のものでしかない刀角は限界に達しようとしていた。だが戦いを止めればペリネイは王都を襲う。引き付けるしかなかった。

 極力剣に負担をかけず、傷を与え続ける。それはハラルリクムにはできない戦い方だ。

 片手を打ち合わせて二人の男はそれぞれ逆方向へと歩き出す。リリシャと並んだスズルナが仕事を終えたウェスリドを迎えた。

 ハラルリクムは背の剣を抜き、ペリネイに向ける。


「お前の仇は俺だ。利用されたことは可哀相だと思うが、こうなった以上は倒させてもらうぞ」


 ペリネイが轟くように吠えた。ハラルリクムの言ったことを理解したかのように、巨体が風を巻いて襲い掛かる。爪をかわし、その後に切りかかってくる刀角が、ハラルリクムの剣と火花を散らした。

 防壁の上でどよめきが起きる。華麗に回避し続けたウェスリドとは違う、力と力によるぶつかり合い。

 巨人と赤子と言っていい体格差があるにもかかわらず、互いの刀角が押し合って双方が跳び離れた。

 斬りつける剣を、ペリネイが刀角で受ける。ガシイイィ、と軋むような音が響き渡る。なぎ払おうとする尻尾をハラルリクムは跳んで避け、後ろ足の蹴りを弾き返した。

 ペリネイが連続で頭角による突きを放つ。避け、受け流し、返す剣をペリネイが跳び退って避ける。

 見ている人々は声もなくその戦いに見入った。それはまるで二頭の刀竜が戦っているようだった。


「なんという……」

「我々は神話の英雄を見ているのでしょうか」


 町の防壁をこともなく破壊した怪物と互角に渡り合う男。そんな者は物語にしか存在しないと思っていた。ペリネイを押しとどめ続けたウェスリドも英雄と言っていいが、ハラルリクムはその上を行く。

 刀竜の襲撃は、間違いなく今後語り継がれる伝説になる。それが英雄譚になるのか、悲劇となるのかはまだこれからだ。

 ペリネイは横にぐるりと回転する。頭部、前足、後ろ足の刀角が次々と襲い掛かり、最後に尻尾まで飛んでくる多段攻撃だ。それをハラルリクムは外へ逃げるのではなく、逆にペリネイにしがみついて無効化した。

 張り付かれたペリネイは、暴れてハラルリクムを振り落とす。首を斜めに捻り、落ちたハラルリクムに噛みつこうとした。

 ペリネイは頭部の長い刀角のせいで、噛みつきは苦手だ。だが面倒な敵を片付けるためにこのチャンスを見逃すわけにはいかなかったのだろう。

 不意を突かれたハラルリクムの姿が見えなくなり、見物人から悲鳴が上がる。

 が、次の瞬間ハラルリクムはペリネイの頬を切り裂いて脱出していた。筋肉と筋を切断されて、支えきれなくなった下顎がだらんと下がり、刀竜の胸に血が流れ落ちる。人の悲鳴を塗り潰す絶叫がペリネイの口から上がった。

 ペリネイが痛みに怯んだ隙に、ハラルリクムが前足の刀角を根本から切り離した。本体は固くても、接続部はそうではない。

 怒りに燃えたペリネイが、頭角を構えて突撃しようとする。

 落ちた刀角を素早く拾ったハラルリクムが、それをペリネイに向かって投げた。真正面。刀角はペリネイの目に突き刺さった。矢と違って瞼を閉じても防げない。

 突撃し切れずに斜めになるペリネイの腹を、ハラルリクムが切り裂いた。地響きを立てて倒れたペリネイに、とどめの一撃を見舞う。守るもののなくなった心臓めがけて、ハラルリクムの剣が根元まで突き立った。

 しばしの静寂のあと、ハラルリクムがペリネイに足をかけ、剣を引き抜いた。横倒しになったペリネイの目にはもう光はない。血を振り落とし、鞘に納める。大きく手を振った先は、リリシャだった。


「ハラルリクム様!!」


 喜色満面のリリシャが駆け寄って飛びつく。受け止めたハラルリクムは勢いでくるりと一回回ってから、リリシャを下へ降ろした。

 それから二人は並んで防壁へと手を振る。


「リリシャ様――っ、若様――っ!!」


 チェカナが手を振り返す。そして防壁から爆音のような歓声が上がった。


「あれが……ハラルリクムか。あれが、シンクレアの……」


 手を振る二人を見ながら呆然としていた王は、カッと目を見開くと叫んだ。


「決めた! あの男をシンクレアの婿にする! あれほどの豪傑、そうはおらんわ! よもや反対する者などおるまいな!?」


 もちろん異を唱える者などいない。モーサバー侯爵もマトネルも力強く頷いた。固まったのはチェカナだけだ。


「え……だって、それじゃリリシャ様は……」


 チェカナが何も言えずにいるうちに、王を先頭に防壁で観戦していた貴族や騎士たちは下へ降りて行く。

 瓦礫を片付けられた大門の跡地で、王は辺境からの客を出迎えた。


「ハラルリクム・ペリネイ・アンサト、お召しにより参上致しました」

「うむ。よくぞ参った」


 貴族や騎士たちを従えて立つ王の前に、跪く若き英雄。

 十日目の陽は、これから沈もうとしているところだった。

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