第17話 破談から始まるあれこれ
アンサト家の一行はマトネルと共に馬車で王都に向かっていた。軍はふもとで魔獣の動向を警戒させている。
ジムルスにはマトネルの報告書を持たせて先に走らせた。騎士団にはペリネイを迎え撃つ準備をしてもらわねばならない。
「多分、こちらを追って来るだろうが……」
仏頂面でウェスリドが言った。
匂いをたどったのか魔力の痕跡でも感知したのかわからないが、親ペリネイは間違いなくワイラ王国軍を追ってきた。
話を聞いたところでは、どうやら親子を分断して子の方を追い込んできたらしい。つまり親は一度馬鹿王子と魔法具に出会っている。敵だと認識しているに違いない。
接触する前に大慌てで逃げてはきたが、声はそう遠くはなかった。あの場に到着し、子供が殺されたと理解した後は復讐しに来るだろう。
アトネル王子も例の
「そのまま元いたところに帰って行くっていうのは……?」
「そうしてくれればありがたいのでござるが」
心細げなチェカナにティテリーが答える。
馬車の中はお通夜のような雰囲気だった。
リリシャとハラルリクムが崖から転落したと聞いたマトネルは、青を通り越して真っ白になっていた。このあと危険度ではトップクラスの魔獣が怒り狂ってやってくる。それを理解している辺境組も、明るくなりようがなかった。
「若にしては迂闊だったな。子がいるなら親もいるだろうに」
ウェスリドがため息をつく。
「せめて剣だけでも置いてってくれれば」
「リリシャ様の危機でござる。我らのことなどお忘れだったのでは」
「あー……それは仕方ないか……」
「若に共感できる貴殿が羨ましいでござる」
独り身のティテリーが恨めしそうな顔をする。ティテリーのぼやきはさらっと無視してスズルナも口を挟んだ。
「ペリネイは辺境でも滅多に見ない大物だけど、何か考えはある?」
効果的な武装がここにはない。一応ハラルリクムが叩き斬った子ペリネイの刀角は拾ってきたが、成竜に抗し切れるかどうかは何とも言えない。
「若が成人の儀で討伐した時、どうやったか聞いてるか?」
「丸太持って追い回したらしいわ」
「「丸太!?」」
男二人の声が揃った。スズルナが頷く。
「殴り倒したみたい」
「刃が通らないから打撃で攻めたのか!?」
「さっぱり参考にならないでござる!」
スズルナの証言に、ウェスリドとティテリーは思わず突っ込んだ。技巧派のウェスリドは丸太なんぞでまともに戦える気がしない。ティテリーはパワーファイターだが、敏捷が及ばない。体力、膂力、反応速度、すべてが高レベルのハラルリクムだからそんな真似ができたのだ。
「一体何の話を……?」
マトネルが白い顔で訊ねた。
「ハラルリクム様が戻るまで、どうやってペリネイを凌ぐかの相談ですわ」
スズルナが答える。チェカナが目を丸くした。
「皆さん、心配じゃないんですか……?」
「うちの若は無茶はしますけど、大体何とかしてしまうんですよ」
「でも崖から落ちたんですよ!?」
チェカナは胸のペンダントに目を落とした。
結局これは、防御の魔法具などではなく魔法の地図の
「リリシャ様に、無理矢理にでも持たせておけばよかった……」
リリシャがこのペンダントを持っていれば、どこにいるのか地図で確認できたはずだ。無事かどうか見当をつけられた可能性もある。
チェカナの不安は晴れないが、辺境組は動じなかった。
「んー、でも若は呆れるくらい持ってるのよねえ……」
「しかもリリシャ様を追って行ったんだ」
「意地でも助けているはずでござる」
アンサト家一同は二人が帰って来ることを疑っていない。それを聞いてマトネルの顔色が少し戻る。
「チェカナ。君はハラルリクム殿を知っているだろう。彼らはこう言っているが、どう思う?」
チェカナは考え込む。考えるほど超人っぷりを思い出した。
「なんか、大丈夫な気がしてきました」
「そうか」
それを聞いたマトネルはぐっと手を握った。
「では我々もやるべきことをやらねば。僕も会議に参加させてくれ」
☆
身支度を整え、一息ついてからハラルリクムとリリシャは移動を始めた。
地図は頭に入っていたので、地形と太陽の位置を見て見当をつける。さすがに魔獣もワイラ軍ももういないだろうが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
「それで、やはり辞退する、というのは?」
リリシャは忘れてはいなかった。ハラルリクムは少しばかり困った表情になる。
「……縁談の話だ」
「何故です?」
王家と縁づくというのは、どの貴族にとっても悪い話ではない。しかも王の掌中の珠、薔薇と称される美姫。普通なら文句があるはずもない。
そもそも辺境伯は必ず期日に間に合うようにと厳命したし、旅の間アンサト家の皆も嫌がる気配はなかった。今になって乗り気ではなかったと言われても納得できない。
「アンサト家の初代の話をしたことがあったな。あれには続きがある」
リリシャは首を傾げた。
「辺境伯に任じられた時、初代は王の末の姫を賜った」
「えっ?」
「とても美しい方だった。肖像画が残っている」
「で、でも、王家と辺境伯家が親戚だとは……」
聞いたことがない。ハラルリクムは頷いた。
「子を成さぬうちに亡くなったんだ。リリシャも見ただろう? 辺境はああいう土地だ」
確かに色々と驚いた。ただの農夫が害獣駆除のノリで魔獣と戦っていたり、見上げるようなムカデが襲ってきたり。食用にもすれば騎獣としても使う。辺境は魔獣の存在があまりにも近い。
「姫君はどうしても辺境に馴染むことができなかった。嫁いだはいいが、次第に弱ってしまってな。それで結局……」
リリシャは言葉を失う。それはまさにリリシャが心配していたことだ。
「とりあえず会って見なければわからないと思っていたんだが……リリシャはシンクレア姫をよく知っているのだろう? どんな女性だ?」
「……繊細で、引っ込み思案な子だ」
「食卓に魔獣が乗るのだが?」
「……口にするのは難しいだろうな」
「夜、魔獣の声がする中で眠れそうか?」
「……気絶でもさせねば無理だろう」
ハラルリクムは苦笑し、軽く肩をすくめる。
「そういうことだ。不幸にするとわかっていて貰うわけにはいかんよ」
リリシャは何も言えなくなる。元々シンクレアには無理だと思っていた。だから何か理由を見つけて破談にするつもりだった。そのために使者を請け負ったのだ。思惑通りになったのに、どこか釈然としない。
縁談を辞退したハラルリクムが、辺境で知らない女を妻にするのだと思うと苛立ちを覚える。
「……そうか。私も最初からシンクレアを辺境へはやりたくなかったのだ」
ついつい口調が固くなった。顔をそむけたリリシャの頭に、ハラルリクムの手がぽんと置かれた。
「なら、お前が嫁に来るというのはどうだ?」
「え……!?」
驚いて振り向くと、ハラルリクムは唇に笑みを浮かべていた。
「実は辞退する理由はもう一つある。妻に迎えるのなら、俺はお前がいい」
正面から堂々と言われてリリシャは動転する。跪いて花束を捧げられたこともあったが、ぴくりとも心は動かなかった。なのに今、心拍数は上がりまくっている。
「そ、そんな急に!」
「駄目か?」
ハラルリクムが表情を曇らせるのを見て、リリシャはぶんぶんと首を振った。
「駄目じゃない! ……です」
「そうか。では王都に着いたら正式に結婚を申し込む。絶対に連れて帰るからな?」
「……はい」
勝ち誇った笑みのハラルリクムに、リリシャは真っ赤になって頷いた。押さえた頬が熱い。勢いに押された気もするが、決して嫌ではなかった。
何だか辺境へさらわれて行くような気がした。そんなお姫様っぽい役割が、自分に回ってくるとは思いもしなかった。きっとそれは、相手がハラルリクムだからだ。
「そうと決まれば急ぐぞ」
ハラルリクムはリリシャを横抱きにして走り出した。
「だ、大丈夫なの? 回復して間もないのに」
「気分は絶好調だ。それに気になることもある」
「気になること?」
「あのペリネイは子供だった。親はどうしたと思う?」
一気にリリシャの頭が冷えた。
「まさか……!」
「それを確かめるためにも急ぐ」
リリシャは不安を紛らわすように、ハラルリクムの首に腕を回した。
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