第13話 敵襲

 ウェスリドとティテリーが戻るとすぐに、一行は全員でフラリビスを狩りに出かけた。


「あれが……」


 リリシャが目を見開く。岩陰にとぐろを巻く巨大な虹色の蛇。端的に言えばフラリビスとはそういう姿をしていた。確かに眠っているらしく動く様子はないが、頭部には二列に並ぶ何本もの角があり、体にも何か所も棘のようなものが見て取れる。

 もし王国騎士団が戦うとしたら、攻城兵器でも持ち出さねば勝負にならないだろう。


「私たちは何を?」


 リリシャはわずかに声が震えるのを自覚した。


「ここでじっとしていてくれ」

「え?」


 リリシャの問いにハラルリクムはそう答えた。チェカナがリリシャの袖をつかむ。チェカナの目配せを受けてリリシャは頷いた。辺境の民ではない自分たちでは歯が立たない。邪魔にならぬように見ているしかないのだ。


「わかった。武運を祈る」

「ああ。任せてくれ」


 今までどちらかといえば適当だったアンサト家一同が、息を殺して慎重に配置につく。見ている方も緊張が高まる。

 準備ができたのを見計らって、スズルナが片手を上げた。その手にあるのは魔獣の尻尾を編んだ鞭だ。スズルナが手を振り下ろすと、神速の一撃がフラリビスの顔面を浅く切り裂いた。

 寝込みを襲われた蛇は目を覚まし、威嚇音を鳴らしてスズルナを追う。スズルナは即座に踵を返して逃げた。その先にはティテリーが盾を構えていた。ティテリーは十メートルを越える蛇の突進を受け止め、その頭を近くの木へ叩きつける。

 隙を見せた蛇にジムルスが槍を持って突撃した。槍は顎下を貫通し、フラリビスを木に縫い止める。固定された首を、飛び込んできたウェスリドが切り裂いた。

 そして最後にハラルリクムが首の傷口に剣を突き入れたかと思えば、一気に尻尾まで駆け抜けた。

 縦に裂かれたフラリビスは魔獣のしぶとさを発揮することもなく、ろくに抵抗もできないままあっさりと昇天した。

 これからどんな激戦がと思いきや、決着がつくまであっという間。リリシャもチェカナもぽかんとしてしまう。蒲焼にすると美味い、細長い川魚の下処理を見た気分だ。


「いやあ、若。ナイス開きでござる!」

「大型の解体刀なんか持ってきてませんからね」

「さっさと皮剥ぎましょう!」


 男たちがハイタッチを交わすかたわらで、スズルナはどこからか採取してきた大きな葉を並べている。


「男どもがバラすから、包んで持って帰るわよー」

「え……はい?」

「ハラル殿! 見逃すわけにはいかないって、あれは何だったのだ!」


 肩透かしをくらったリリシャが納得いかないと声を上げると、ハラルリクムは蛇を解体しながら言った。


「何って、二人に是非食べてもらいたくてな」

「絶品なんですよ」

「美味いのですが、魔獣もそれを知っているのでござる」

「先に食われてることが多くて、逃げ足も速いしなかなかお目にかかれないんですよ」


 緊張も気合も、レア食材を逃がしてはならないと張り切ったためだったらしい。もちろん逃がして万一ふもとに降りるようなことになれば大パニックだ。確実に仕留めねばならなかったのは間違いない。


「七人ならいけるとか言っていたのは……」

「少し小さめと聞いたからな。大勢だと奪い合いになるが、これなら腹一杯食えるはずだ」


 つまり七人いれば倒せる、ではなく七人分なら足りる、という意味。

 なんだか釈然としないが、リリシャは脱力して引き下がった。とはいえその晩ディナーになったフラリビスは、リリシャが絶句するほどの美味だった。





「食われた……!? あの巨大な蛇が?」

「はい」

「肉だけ回収していったと?」

「大層な美味だと話しているのを斥候が聞いております」

「奴らは化け物か!?」


 武官は黙って平伏した。いらぬことを言えばこちらにとばっちりが飛んでくる。主は呆然自失から我に返ると、唇を噛む。


「手勢の準備はどうした?」

「いつでも出陣できます」


 魔獣を軽々と屠るやからに、人でどう立ち向かえばいいのかと思うが、それは口には出せない。


「こうなったら切り札を出すぞ」

「アトネル様! あれは危険です! こちらで制御することができません!」

「構うものか! 父上に采配を任されたのだ。俺も出るぞ!」

「っ……わかりました」


 すでに大半の駒が使い物にならなくなっている。もはや計画は頓挫したも同然だと思うが、年若い主は今更引っ込みがつかないのだろう。武官は力なく首を振り、生き延びるための方策を考え始めた。





 モーサバー侯爵領北部の山中で魔獣寄せの香を使いだしてはや数日。


「随分減ったな」

「減りましたね」


 数で言えば最初の夜が一番多かった。場所を変えて狩りを繰り返した結果、反応して集まってくる魔獣はもう数えるほどになっていた。

 リリシャも狼型の首を貫いていた槍を引き抜き、ほっと息をつく。リリシャの剣は魔獣退治には向かないので、ジムルスから槍を借りて参戦したのだ。

 ジムルスは元々射手だった。荷物になるので今回はあまり矢は持ってきていなかったが、現地調達が可能になったので弓に持ち替えたのだ。リリシャとチェカナが集めた魔獣の針毛は、辺境では矢柄としてポピュラーな素材らしい。


「大体一段落ついた感じだな」

「では?」

「そろそろ出立しよう」


 いつものように後処理を済ませ、キャンプ地に戻った一行はここを引き払うことにする。


「王都に向かうのですね」

「まだギリギリ間に合いそうだしな。あとは帰りにでももう一度確認しにくれば……」

「若!」


 ハラルリクムが言いかけた時、ジムルスがいきなり森に向かって矢を放った。短い悲鳴がして木から何者かが地面に落ちる。


「敵襲です!」


 ハラルリクムとウェスリドが駆け出した。二人は迷いなく森の中へ稲妻のように飛び込んでいく。


「えっ、何なんですかっ!?」

「痕跡はとうに見つけていたけど、ついに来たか」


 状況がつかめていないチェカナが慌て、ジムルスが鋭い目を森に向ける。

 森の方からは枝が折れる音や、人の悲鳴が聞こえてきた。飛んで行った二人が暴れているのだろう。リリシャはハラルリクムたちが魔獣の行動を不審がっていたことを思い出す。


「まさか!」


 ハラルリクムは「何者かの意図」と言っていた。もうリリシャにもわかる。草木を踏み荒らす音、金属がぶつかる音、大勢の人の気配。


「魔獣を利用しようとしていた奴らでござるな」


 ティテリーが女性たちをかばうように前で盾を構えた。

 森から武器を持った人影が襲ってくる。瞬く間に三人がジムルスに射抜かれて脱落した。その間に二人が近づいたが、ティテリーが片方には戦槌を、もう一人には盾を容赦なくぶちかまして地に這わせる。


「盗賊の類ではない! こいつらは軍の兵士だ!」


 倒れているのは鎧や兜を身に付けた男たちだ。全員が揃いの装備。

 チェカナがリリシャの肩をつかみ、身を乗り出した。兵士の甲冑の胸元を指差す。


「リリシャ様! この紋章は!」

「剣を持ち王冠を戴く鷲……これはワイラ王国の! まさかひそかに侵攻してきたというの!?」


 木々の間に銀色の甲冑がずらりと並ぶ。そしてその向こうから空気を震わせて猛獣の咆哮があたりに響き渡った。

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