第32話 神話の戦い
それは、荒ぶり猛るものだった。
人々の恐怖と憎悪、そして諦めと憤り。
様々な負の感情を寄せ集められて形作られたそれは、求められるがままに振るまった。
「くく、くくく」
「なっ、何を笑っておるのじゃ? 狂ったのか貴様?」
顕現した世界の終焉の姿を見たアレックスは、漏れ出す笑いを噛み堪え切れずにいた。
「くはははは。ちげぇよミコット。狂ってるのは奴のステータスの方だ」
「なんじゃと?」
アレックスが
「貴様と同じじゃと!?」
「けけけ。まぁ考えて見りゃ納得だ。奴だって無限のループの先にいるもの。天井知らずで当然だ」
「かっ、勝てるのか? そんな奴に」
「けけけ。そんなもんこの俺が知る訳ねぇだろ。だが、ここで奴を止められなきゃ世界は終わり、みんな仲良くアイツの腹の中だ」
アレックスはそう言って獰猛な笑みを浮かべた。
★
「――――――!」
終焉は泣く様に雄たけびをあげた。
神々はそれを抑え込もうと攻撃をくわえるが、それは全くとして効果を与えられなかった。
終焉が司るのは滅び。
全ての攻撃はそれに当った瞬間に霧散し、それが触れたものもまた霧散するのだ。
「どけよ
遠巻きに攻撃をくわえる神々を押しどけて、アレックスは流星のような勢いで突進した。
「だめだ! アレックス君! 敵は無敵だ!」
「けけけ。それはこっちも同じだぜ!」
ユーガクスィーラが止めるのも無視して、アレックスは口の端をニタリとゆがめながら突撃し、その勢いのまま全力の右ストレートをぶち込んだ。
「!?」
当ると同時に消え去るかと思われたアレックスの拳は、確かに終焉の顔面を確実にとらえた。
山をえぐり壊す様な一撃を受けた終焉は、しかしながらたたらを踏みつつその場に踏みとどまる。
「へっ! 上等!」
必殺の一撃を受け止められたアレックスは、愉快そうに口の端をゆがめる。
「――――――!」
終焉は親を求める子のように、泣き叫びながら頭を振るう。
★
地面まで垂れさがる終焉の黒髪は、最強の矛であり無敵の盾だ。
終焉はその髪を自由自在に操り、絶え間のない攻撃をアレックスにくわえ続ける。
だが、アレックスもまたその必殺の攻撃を受けてなお、終焉に渾身の一撃を叩き込む。
「なんで。なんで、アレックス君には終焉の攻撃が効かないんだ?」
ふたつの超存在の戦いを見守るユーガクスィーラは、ぽつりとそう呟いた。
「ふん。あ奴は人類の可能性とやらなのじゃろ。じゃったら、何が起きても不思議では無いじゃろ」
ミコットは腕組みをし、複雑な表情でそう呟いた。
叩き込まれる拳、突き出される槍衾のような髪。
攻撃の応酬は果てもなく繰り返された。
終焉の
だが、アレックスが無数に所持するスキルのひとつに、それを打ち消すものがあった。
その名は――『希望』
それは人類の可能性の光。
あらゆる困難、あらゆる不可能、あらゆる不条理の中においても、生存の可能性を手繰り寄せるというスキルだった。
両者の実力は拮抗、戦いは永遠に続くかと思われた。
だが、彼らのステータスは
★
「がっ!」
「――!」
幾度目かの渾身の一撃がお互いの顔面に叩き込まれ、ふたりはよろよろとよろめいた。
その激烈な戦闘の余波で、戦いの舞台であった神々の世界は、当の昔に木端微塵に砕け散っており、ふたりは音も光も無い空間で、ただただ互いの存在を頼りに殴り合っていた。
「ここまで弱らせることが出来たなら、滅する事も可能やもしれんな」
ふたりを置いて、別の次元より戦いの様子を観察していたミルドヴァーシタはぽつりとそう呟いた。
「世界は滅びの定めから解き放たれるってことかい!?」
ユーガクスィーラは湧き上がる喜びに身を任せるようにそう言った。
「此度の特異点は、類を見ないイレギュラーだ。それをもって対消滅させることが出来れば、可能やもしれん」
「対消滅じゃと? それではあ奴の命はどうなると言うのじゃ!」
「世界の命運の前には、必要な犠牲である」
「ふざけるな! それでは神話の戦いの焼き増しではないか! 貴様たちはまた生贄を頼りに先に進もうてか!」
冷酷にそう言い放つミルドヴァーシタに、ミコットは牙をむき出しにしてそう吠えた。
「大事の前の小事に過ぎん」
ミルドヴァーシタはそう言うと、荘厳なる祈りのような呪文を詠唱し始めた。
「やめよ! 止めんかこの戯けが!」
ミコットはそう叫び、ミルドヴァーシタに飛びかかる。だがそれは、彼の周囲にいた神々に易々と排除されてしまった。
「くそっ! なんとか、なんとかせぬかユーガクスィーラ! このままではあ奴が!」
ミコットは突き飛ばされた衝撃で口の端から血を流しながら、この中で唯一の味方である女神に向けてそう叫んだ。
だが、彼女が女神の方を振り向いた時、彼女の揺れる金髪は、既にそこに存在していなかった。
★
気の遠くなるほど繰り返された攻撃の応酬。
一撃一撃が天地を揺るがし世界を破壊するほどの常識外れのそれは、やがて力を失い,
辛うじて常識の範囲といわれる所まで降りて来た。
「おらあ!」
アレックスの右こぶしが終焉の顔に突き刺さる。
常識の範囲まで落ちたとはいえ、通常ならば即死級の一撃を受け終焉はよろよろとよろめいた。
「―――!」
だが、終焉は髪の毛で編んだ拳を振るい、アレックスにお返しの一撃をお見舞いする。
その強烈なボディブローを受けたたらを踏んだアレックスの脳内に飛び込んでくる声があった。
『大変! 大変だよアレックス君!』
「んだよ! 今忙しいんだ後にしろ!」
『それどころじゃないよ! ミルドヴァーシタの奴、君を、終焉を退治するための爆弾として使うつもりだ!』
「爆弾?」
『つまりは、君を生贄に終焉を滅ぼすって事!』
脳内に飛び込んで来たユーガクスィーラの声に、アレックスは興ざめだとばかりに、顔を曇らせる。
「ったく、神様って奴は進歩のない奴ばかりだ」
『そりゃ悪かったね! だけどどうするんだ! このままでは時間が無い、君を生贄として使うための儀式は既に進行中だ!』
焦りの声を上げるユーガクスィーラに、アレックスはゆったりとした口調でこう言った。
「生贄だ? ばからしい。だが、俺としたことが時間をかけ過ぎちまったのも事実らしいな」
アレックスはそう言いながら、終焉に向かって前蹴りを放ち、大きく距離を取った。
『どうするんだい! そいつを倒す手立てはあるのかい!?』
ユーガクスィーラの叫びに、アレックスは首を横に振ってこう言った。
「駄目だな、拳をかわしてみて分かったが、例え擬神化させたところで、こいつが終わりの概念であることは変わりない」
『そんな! それじゃ!』
「だがな、こいつを止める事は出来る」
『え?』
驚きの声を上げるユーガクスィーラを無視して、アレックスは語り続ける。
「奴を滅ぼすのは無理だ。
だが、なぜ奴を滅ぼさなきゃならない?
それは奴の生態の問題だ。生きているだけで死と終わりを振りまく奴の
『それは分かったよ! でもどうすりゃいいのさ!』
「簡単だ、俺の無数に持つスキルのひとつに、スキル無効化のスキルがある。
そいつを奴に埋めこんじまえばいい」
『スキルの譲渡、いや注入? そんな事見たことも聞いたことも無い!』
「かかか。不可能を可能にする、それが人間って奴だろ?」
アレックスはそう言い放つと、ありったけの力を、ありったけの思いを拳に込めた。
「世界が闇に包まれる時、光の勇者が現れてその闇を払う。
光の勇者様に、バッドエンドやビターエンドはお呼びじゃねぇ。
敵すらも救って見せてこそのハッピーエンドって奴だ」
アレックスはニヤリと頬を歪めると、振り絞った拳を解き放った。
その拳は音を突き破り、光さえ置き去りにしたのだった。
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