第31話 世界の終焉

「そうだ、ここが世界の終焉だ」

「ちっ、なーんだ、テメェはくたばって無かったのか」


 かけられた声に、アレックスが忌々しげに振り向くと、そこにはミルドヴァーシタの姿があった。


「我は時空を司る神格である。単純な膂力でどうにかなるとは思わんことだな」


 ミルドヴァーシタはそう言い、剣の柄に手を当て――


 そして、それから手を外した。


「あ? どーした大将、やんねーのか?」


 へらへらと笑いながらそう言ったアレックスにミルドヴァーシタは平坦な口調でこう言った。


「だが、単純な力で滅ぼせぬのは貴様も同じ事らしい。どうやら我は計算違いを行っていたようだ」

「計算違いだ?」

「さよう。貴様は世界が空転する際に溜まっていったよどみが形を成したものである。

 それは、可能性の結晶とも言える」


 ミルドヴァーシタはそう言ってユーガクスィーラに視線を向けた。


「可能性……ああそうか! 君は、君の力は無限につづく輪廻の輪から可能性を引き出していたんだ!」

「ああん?」

「んーとそうだね、要するに君の力には限界が無いってことさ」

「はーん」

「貴様、ただ適当に返事をしておるだけじゃろ」


 訳知り顔で頷くアレックスに、ミコットはそう言った。


「だが、ただの力で滅ぼせぬのは、終焉もまた同義である」

「そうだね、なにせ相手は概念だ。形無きものを殴って滅ぼすという訳にはいかない」


 ユーガクスィーラはそこまで言うと、改めてミルドヴァーシタへ振り向いた。


「だけど、だけどだ、ミルドヴァーシタ。

 だからといって、先延ばしを続けてどうなるっていうんだい?

 現にこのシステムは限界が来はじめている。地上にあふれる流行り病がその証左だ」

「その程度は誤差の範囲である。我がシステムは盤石だ」

「誤差? 誤差と言ったか? テメェ」


 アレックスはギリと拳を固めた。

 流行り病でなくなった者たち、そして今まさに病床に伏しているセシリアを誤差と切り捨てたのだ。


「しかり。神は人の数など数えない」

「上等だ、やっぱりテメェはぶちのめす」

「無駄な事だ、お互いにな」


 そうして戦闘態勢に入るふたりの間に、ユーガクスィーラは決死の覚悟で割り込んだ。


「ストップ! ストーップ! 今ここで争っても何にもなりはしないよ! 剣を向けるのは終焉に向けるのが先ってものだ!」

「笑止。結論は既に出ている。概念を滅ぼすことは能わぬ。システムを回すことが唯一の方法だ」

「確かに遥か昔はそうだったかもしれない。だけど今は彼が居る、可能性の申し子である彼が!」


 ユーガクスィーラはそう言ってアレックスを指さした。

 それに対してアレックスは握った拳をゆるめると、腕を組んで顎に手を当てた。


「可能性……可能性な」


 アレックスはブツブツとそう呟いた。


「なんじゃ? なんぞいい方法でも思いついたのか貴様?」

「方法ね、方法は思いつかねぇが、方針ならない事はない」

「本当かいアレックス君!」


 パッと顔を輝かせるユーガクスィーラに、アレックスはこう言った。


「要するに、相手が形を持たないってのが問題なんだ。だったら形を持たせてやればいい」

「なるほど、それは道理じゃな。で? どうやってそれを行う?」

「さてな。そこから先は未知の領域だ。あっ、そうだ、お前一応女だよな? 何とかして生み落せねぇか?」

「そんなもん出来るかこのたわけ!」


 ミコットは怒号と共にアレックスの脛を蹴り飛ばした。

 だが、その反発によって地面に転げ落ちてしまった。


「まったく、何やってんだい君たちは」


 ユーガクスィーラは、大の字になったミコットに手を差し伸べる。

 その手をミコットが取ったその時だ。


「あっ、そうか」


 アレックスはポンと手を叩いたのだった。


 ★


「は? 神格を与える!?」

「あーそうだ。概念概念うるせぇが、お前らだって似たような生き物だろ?

 だったら、世界の終焉って奴にも神格を与えてやればいい」

「いや、僕らの場合、司るって言っても自称みたいなものでね。僕の場合安定よりも変化の方が好きっていうだけさ」

「だがそれでもだ、雀の涙位のご利益ってものはあるだろう?」


 アレックスはそう言ってニヤリと笑う。


「例えば、テメェはどうやって神様とやらになったんだ?」

「僕かい? 僕の場合は生前は何処にでもいるシスターだったけど、ある日神の声が聞こえて、神格を得た人間上がりの神様だよ」

「その神様とやらは何処に行った?」

「もう居ないよ。神様にだって寿命はある。長き時の末に概念となって世界と同化しちゃったよ」


 そう言って肩をすくめるユーガクスィーラに、アレックスはニヤリと笑ってこう言った。


「けけけ。そいつはいい話だ。神様が概念に転じる事が出来るなら、その逆だって出来てもおかしくはねぇだろう?」

「いや、確かにそう……なのかな?」


 ユーガクスィーラはそう言って小首を傾げた。


「ふむ。何とか見えて来たか?」


 ミコットはそう言って、ちらりとユーガクスィーラを流し見た。


「えっ? 僕? 僕が深淵に神格を与えろと? 無理だよ無理、僕は小神マイナーだよ。そんな大それたこと出来ないよ」


 ユーガクスィーラはブンブンと首を横に振ると、ミルドヴァーシタをチラリと伺った。


「ふむ。神格を与えるか」

「出来ねーか? 出来ねーならどっか行ってろ」


 アレックスは不愉快だとばかりに手を振った。

 だが、ミルドヴァーシタは、それを無視してこう言った。


「昇神するには幾つかのケースがある。

 ひとつは、ユーガクスィーラのように、日頃の信仰を認められ神の声を聴くケース。

 ひとつは、一定の信心を獲得したものが、神に認められ昇神するケースだ」


 その言葉を聞いたアレックスはニヤリと頬を歪めてこう言った。


「けけけ。それなら問題は全くねぇ、流行り病ほど恐れられている存在は居ねぇからな」

「そうじゃの。恐れと敬いは紙一重。流行り病が世界の終焉の一側面という事ならば、それを神格化すれば、おのずと終焉も昇神されるという事じゃな」


 ミコットはそう言って頷いた。


 ★


「では、これより昇神の義を行う」


 ミルドヴァーシタの声が、重く、深く響き渡った。

 それにならうかのように、他の神々たちも、一斉に呪文を唱え始める。


「けけけ。新たなる神の誕生か、アリスが聞いたら泣いて悔しがるだろうな」

「それはどうでもよいのじゃが、神格となった終焉を何とかできるのか?」

「さーてね。今まで誰もやったことのない事をやろうってんだ、そんな事心配してもしょうがあるまいよ」


 アレックスとミコットは、儀式の様子を遠くから眺めながらそう言った。


 魔法陣が幾重にも浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返す。

 やがて、その魔法陣の中央に、ボンヤリとした真っ黒な人影が浮かび上がった。

 それを見たアレックスは、ミコットを隠すように立ちふさがる。


「いよいよじゃな」

「あーそうだな」


 そして、ボンヤリとした人影は、はっきりとした人型を持って顕現した。

 そして――


「――――――――――!!!」

「けっ! 案の定か!」


 人影は、雄たけびを上げると、長い髪を槍のように周囲に突き出し、居並ぶ神々を串刺しにしたのだった。

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