第30話 ちから

 どこまでも、どこまでも真っ直ぐな地平線が広がる純白の世界だった。


「んー? どこまで逃げて来たんだ俺たちは?」

「ここは狭間の領域だよ」


 ユーガクスィーラはきょろきょろと周囲を見渡しながらそう言った。


「狭間の領域?」

「ああ、別名神々の住まう場所って所かな」

「それは、敵陣の真っただ中という事ではないのかのう」


 ミコットは小動物のようにびくつきながらそう言った。


「あははは。そこら辺は大丈夫。ここは僕の部屋だからね、他人はそう易々と見つける事は出来ないよ」


 ユーガクスィーラはそう言って手を広げた。


「はーん、お前の部屋ねぇ。随分と殺風景な場所なんだな」


 見渡す限り何もない地平線の世界を、アレックスは目を凝らしながらそう言った。


「神々はそれぞれの部屋世界を持っていてね。基本的にはそこに引きこもってるのさ」

「基本的には?」

「そっ、たまーに会議みたいなことをする時もあるけど、その時だってオンライン会議だ、直接顔を合わせる事なんてめったにないね」

「オンライン?」

「手紙の凄い奴みたいなもんだよ」


 ユーガクスィーラはひらひらと手を振りながらそう言った。


「ここが、貴様の隠れ家という事は分かった。じゃが、いつまでも隠れたままと言う訳にもいかぬじゃろう」


 一先ずは安全だという事が分かったミコットは、堂々と腕組みしながらそう言った。


「そうなんだよねー、いやしかし。もう少しばかり誤魔化せるものと思ってたんだけど」


 そういい、がっくりと肩を落とすユーガクスィーラに、アレックスは遥か地平線の彼方を見ながらポツリとつぶやいた。


「ここはお前の世界なんだよな?」

「うん、そうだよ」

「って事はだ、ここでどんだけ暴れようが地上にその被害は行かないって事か?」

「まっ、そうだね。ここは君たちが暮らしていた世界とは次元の異なる場所だ。

 ここでどれだけ暴れようが、そしてどれだけ助けを求めようが、誰ひとりとしてやってこれない」


 ユーガクスィーラはそう言って肩をすくめた。

 そんな彼女の耳に、くぐもった笑い声が響いて来た。


「……なに? ……どうしたの? アレックス君」


 わずかに俯き肩を震わせるアレックスに、ユーガクスィーラは恐る恐るそう尋ねる。


「いや、何でもない、何でもねぇよ。

 だが、よくぞここに連れて来てくれた」


 アレックスはそう言うとユーガクスィーラへ振り向きこう言った。


「順番通り蹴りを付けよう。先ずはあの聞き分けの悪い神様たちへの躾の時間だ」

「なに? 何か攻略法でも思いついたの? 言っとくけど高々結界を破壊出来た程度で調子に乗っちゃ駄目だからね。

 悔しいけど、ミルドヴァーシタの言う通りだ。

 君の力が幾ら優れていようと、その上限は光明神ライフォーンのそれを上回ることは計算上あり得ない」


 真剣なまなざしでそう言うユーガクスィーラに、アレックスは口の端をゆがめながらこう言い、拳を握りしめた。


「俺の力の上限ねぇ、そいつを知りたいのは俺の方だ」

「アレックス君?」

「いーから、とっとと奴らを呼べよ……いや、その必要もねーか」


 アレックスはそう言い天を見上げる。

 すると、天に無数の裂け目が生じた。そして、そこから暗闇と共に、無数の神兵が舞い降りて来た。


「うそ! 早すぎ!」


 そう言って、ミコットとユーガクスィーラは咄嗟にアレックスの背後に隠れようとした。

 だが、それはアレックスの一言によって止められた。


「危ねーから、ちょっと離れてな」


 アレックスはそう言うと、大股開きに足を開き、背中が前を向くほど拳を振りかぶった。


「なっ、なにを……」


 ミコットとユーガクスィーラはかすれるような声でそう尋ねた。

 構えを取ったアレックスからあふれ出す力の奔流は、物理的な圧力が生じる程の輝きに満ちたものだったのだ。


「ずっと」


 その叫びがポツリとふたりの耳に届いて来る。

 それは、重く、暗く、悲しく、寂しい、墓場のような声だった。


「ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっとだ」

「なっ、なにが……?」

「ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと我慢を続けていた。

 ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと指をくわえて見続けて来た」


 ふたりはその呪詛のような声に、ごくりと喉の奥を鳴らす。


「お袋が死んだときだって、誰が傷ついた時だって、何かが壊れた時だって。

 ずっと、ずっと、俺は力をセーブして生きて来た。

 俺は違うから、俺は化け物だから。俺が動くとろくなことにならないのは分かり切っているから」


 アレックスはそこまで言うと、大きく息を吸い込んでこう言った。


「だが! ここだったら遠慮なんてしなくてもいいよなあ!」


 彼は獰猛に口を開けると――


 ため込んだ力が解放される。

 バンという衝撃波が巻き起こり、ふたりはそれに吹き飛ばされた。

 音速を超えた踏み込み、光速に迫らんとする拳速。

 それに耐えきれなかった地は裂け、それが立ち上る天は散りじりに砕け落ちる。

 アレックス全身全霊の一撃は、天変地異を巻き起こしながら、下から上へと振りぬかれた。


 天から舞い降りようとしていた神兵たちは、その超新星爆発の如き力の奔流に弾き飛ばされ、地平線の彼方へと消えていった。


 ★


「ふー、すっきりしたぜ」

「すっきりしたじゃないよ! こんなもの計算違いにも程がある!」


 パンパンと拳を叩くアレックスに、ユーガクスィーラは抗議の声を上げた。


「あー? んだよ、奴らはしばき倒したんでそれでいーだろ」

「冗談じゃない! 過剰すぎる! あんな一撃じゃ僕の世界が――」

「おっ、おい! なんか崩れて来ちゃおらんかこの世界!?」


 ミコットはそう言ってユーガクスィーラにしがみ付いた。

 天は落ち、地は裂け、純白の世界のあちこちから黒い何かが顔を覗かせていた。


「ちっ、やわな世界だ、あんなの準備運動だったってのによ」

「君は破壊神か何かの生まれ変わりなのかい!?」


 ユーガクスィーラはそう叫ぶも、アレックスはへらへらと笑いながらこう言った。


「破壊神か、そいつはいい。光明神なんてお綺麗なもんは、勇者のクラスには相応しくねーからよ」


 そして、アレックスは崩壊する世界をぐるりと眺めこう言った。


「これが、世界の終焉って奴か?」


 彼の視線の先にあるのは漆黒の世界だった。

 見渡す限りの純白の世界は散り散りに砕け散り、わずかな足場を残し、他はすべて漆黒の世界に様変わりしていた。


「ああそうさ。これが世界の終焉だ」


 ユーガクスィーラは何処まで続く果てのない闇を見つめながらそう言ったのだった。

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