第29話 イレギュラー2

「てめぇは?」

「うふふ。僕はユーガクスィーラ。以後お見知りおきをって奴だね」


 小首を傾げるアレックスに、ユーガクスィーラはそう言って朗らかにほほ笑んだ。


「ユーガ? なんだって? おい、お子ちゃまこいつのこと知ってるか?」

「知らん。少なくとも魔族領域では聞いたことのない神格じゃな」

「あははは。僕は小神マイナーだからね。知らなくても無理はないよ」


 ユーガクスィーラはそう言っておどけたようにけらけらと笑った。


「ふむ、神格であることは否定せんのじゃな」

「ああ。たかだか数千歳のなり立てだけどね」


 いぶかしげな視線を向けるミコットに、ユーガクスィーラはそう言って肩をすくめた。


「まぁ、お前が神ならちょうどいい。

 このポンコツの口を割らせるか、それともお前が口を開くか、どちらか好きな方を選んでくれ」


 アレックスは、背後に浮かぶ白い立方体を指さしながらそう言った。

 それに対してユーガクスィーラは、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべてこう言った。


「うふふふ。その子はこの世界のバックアップだ、その子のマスターキーを持っているのは主神メジャークラスだよ」

「ならとっととテメェが喋れ。そのためにわざわざ俺たちの前に現れたんだろ」

「うふふふ。ああそうさ、だけどこれはとても危険な事でもある」


 ユーガクスィーラはそう言って頬を歪めた。


「僕はただでさえ目を付けれているからね。今は何とか誤魔化しているけど、タブーを犯せば彼は容赦しないだろうね」

「はいはい。いざとなったら何とかしてやるからとっとと話せ」


 そう言っておざなりな返事をするアレックスに、ユーガクスィーラは肩をすくませた。


 ★


「光明神ライフォーンと暗黒神ガルダロス、彼らの神格は既に抹消されている」


 ユーガクスィーラはそう語りだした。


「君たちの神話の中では、彼らのいさかいが発端となって神話大戦が行われたという事になっているが、事実は逆だ」

「逆?」

「そう。世界の終焉という災厄の前に神々は一致団結するどころか二手に分かれ争い合った。

 ひとつはこの世界を捨て別の世界へ向かおうとする一派。

 ひとつは何とか終焉をやり過ごそうとする一派だ。

 だが、どちらの方法も一朝一夕と言う訳にはいかず、いたずらに時間を浪費するばかりだった」


 ユーガクスィーラは神々の愚行をあざ笑うかのようにニヤニヤと笑いながらそう語った。


「追い込まれた彼らが出した結論は先送りだった。

 そして、その為のパーツとして選ばれたのが彼らだ」

「要するに人柱ならぬ神柱って訳か」


 呆れた口調でそう言ったアレックスに、ユーガクスィーラは満足げに頷いた。


「アキレスと亀と言うパラドックスがある。

 これは、俊足のアキレスが、先行しているノロマな亀に追いつけるかという話なのだが、詳細はここでは省いておこう。

 とにかくそれを使って、世界を空転し続ける事により、永遠にこの世界を続ける方法が確立された。

 そして、そのためのキーとなったのが永遠に繰り返される神話の戦い、その象徴である2神だ」


 ユーガクスィーラはよどみなく話し続けた。


「無限に分割された世界は、間近に迫った終焉から永遠に目を反らし続ける事に成功した。

 だが、その先に待っていたのは永遠に繰り返される勇者と魔王の戦い、そしてそれに胡坐をかき、変わらない事を良しとした今の世界だ」


 ユーガクスィーラは苦々しげにそう言った。

 彼女が司る好むのは変化と可能性。停滞しきったこの世界は彼女には何の魅力も無く映っていた。


「生贄としてパーツ単位まで分割された2神は世界のシステムに組み込まれた、ピッカピカの歯車としてね。

 だが、どんな精巧な機械でも、永遠に正確な時を刻み続ける訳じゃない」


 ユーガクスィーラはそう言ってアレックスを見つめた。


「そう君だ。君は大いなるイレギュラーにして、2神が残した最後の希望だ」


 その言葉に、アレックスは胡散臭げに眉をしかめた。


「俺が外れくじを引かされたのは分かったがよ」


 アレックスはボリボリと頭を掻きつつそう言った。


「結局、その終焉って奴は何なんだ? どうすりゃぶちのめせるんだ?」


 その問いに、ユーガクスィーラは肩をすくめる。


「終焉ってのは終焉だ。この世の終わり、この世の果て、あえて言葉にするならば無だ

 概念であるそれをどうする事なんて出来やしない」

「しかり。故に現状維持が最善の事である」


 そう言う重々しい一言共に、きらびやかな黄金の鎧を纏った一団が現れた。

 ユーガクスィーラはいたずらがばれた子供のような顔をして素早くアレックスの背後に逃げ隠れた。


「てめーはあん時の。大将自らお出ましとは随分暇な事じゃねーか」


 アレックスはへらへらと笑いながらそう言った。


「特異点よ、貴様たちは知りすぎた。ここで処理をする」


 ミルドヴァーシタはそう言うとすらりと右腕を掲げた。

 それにならって、彼の背後に居並ぶ他の神は一斉に剣を抜き放った。


「けけけ。俺らを始末する? いーのか? 俺たちは大事な大事な歯車なんだろ?」

「重要な歯車ではあるが、代えの効かない歯車では無い。

 そもそも次のサイクルは数十年先なのだ、貴様らは早すぎたのだ」

「けけけ。生まれた国からは化け物だと追い払われ、神様からは欠陥品だと匙を投げられか」


 アレックスはそう言って肩をすくめた。


「無駄な抵抗は止めよ。貴様にどれだけの力があろうとも、それはあの2神を超える事はあり得ない。故に我らの敵では無い」


 ミルドヴァーシタはそう断言した。

 感情など当の昔に摩耗した、冷酷なる彼の計算結果だった。


「おっ、おい。あんなことを言っておるがどうなのじゃ?」


 ミコットは、隣にいるユーガクスィーラに恐る恐る問いかけた。

 それに対してユーガクスィーラは、困ったような笑みを浮かべた。


「このくそ戯けめ! 貴様も計算なしか!」

「いっ、いや違うよ! ぼくだってこんなに早くばれるとは思っても無かったんだよ!」

「どのみち行き当たりばったりであったという事じゃろうが!」

「失礼な! 逃げ道ぐらい用意してあるさ!」


 ユーガクスィーラはそう言って転移魔法を唱えようとする。


「無駄だ、ここは既に我の結界の中。逃れる事など――」


 ミルドヴァーシタがそう言おうとした時だった。

 極大の力の奔流が天へと放出された。


「な……に?」


 力の奔流、その下にはアレックスが右手を振り上げた形で立っていた。

 彼はミルドヴァーシタから顔を背け、ユーガクスィーラに向かってこう言った。


「おい、結界とやらはぶっ壊した。逃げんのならとっとと逃げんぞ」

「りょ! 了解!」


 その言葉を残し、3人の姿は掻き消えたのだった。

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