第27話 こぼれ落ちるもの
「けけけ。半分当てずっぽうだったが、どうやら賭けには勝ったみてぇだな」
アレックスは、使徒に背を向けたままそう含み笑いをした。
「使徒!? 彼女がここにいるのですか!?」
「ああ、貴様の目の前におるぞ」
使徒の姿を視認できないアリスに代わり、ミコットはそう答えた。
そして、彼女はこう続ける。
「貴様が出て来たという事は、これは貴様らが行っておることなのか?」
ミコットは言葉の端に怒気をはらませながらそう言った。
「いいえ」
使徒はポツリとそう呟いた。
「ふざけるでない! 世界を裏から牛耳る黒幕気取りが! 貴様らの存在こそがその証左よ!」
「熱くなんなよミコット」
アレックスはやんわりと宥めるようにそう言った。
そして、彼は使徒へと振り向くと、こう質問した。
「この病には、神話の戦いって奴が関係してんのか?」
それに対する使徒の答えは沈黙だった。
だが、アレックスはそれに構わず話し続ける。
「アリスが言うには、現代のあらゆる術を用いても解明できない謎の病気だ。
って事は世界の表側じゃなく、世界の裏側に原因があると思うんだが?」
「……」
「それに加えて、お前さんがあの時言った事――戦いはまだ終わっちゃいない、終わらせてはならない。だったか?
それを加味すると、この病の裏には神話の戦いって奴が関係してるって考えるんだが?」
アレックスは、眠たげな瞳の奥に、理知の光を煌めかせながらそう言った。
「私は、貴方をずっと見てきました」
使徒はポツリとそう言った。
「貴方が生まれてから。いや、貴方が生まれる前からずっと貴方の事を見続けてきました」
「そりゃどーも。
気づかなくて悪かったと言うべきか、プライバシーの心外だって怒るべきなのか困るところだな」
アレックスはそう言って肩をすくめる。
「私に感情は在りません。私は世界の黒幕などでは無く、貴方と同じく歯車のひとつです。
彼の戦いの日々、貴方たちが言う所の神話の戦い。その時、無数に発生した欠片のひとつです」
「欠片のひとつ?」
「そうです。我々は神々のかけらによって制作されました。我々の使命は、この星の延命、終焉の先延ばし、無限等比級数の実証」
「待て待て、何を言っている?」
「ですが、貴方と言うイレギュラーが現れた。それは今まで行ってきた円環を崩すものであり、累積された
「円環を崩す? 可能性?」
「貴方の苦しみ、絶望、怒り、諦め。それらは、果てもなく繰り返されてきた戦いの残滓。少しずつ、少しずつ積み重ねられてきた、思いの欠片」
「私は――」
「端末が、喋りすぎだ」
その言葉と共に、使徒は袈裟切りに切り裂かれた。
「ッ!?」
アレックスは素早くミコットたちをかばうような位置取りを取った。
それは、眩くような輝きの中に存在していた。
それは、黄金の鎧を身にまとい。背中に6対の純白の羽を携えた何かだった。
「てめーが、黒幕か」
アレックスは戦闘態勢を崩さぬままそう言った。
「黒幕? 否、管理者である」
それは、重々しくそう言った。
「その管理者様が、なんで出張ってきやがった? 態々端末とやらを始末しに来やがったのか?」
「イレギュラーめが、軽々しく口をきくでない」
それの輝きが増した。
「あぶねぇ! テメェら!」
アレックスはそれに向かって全力の突きを放つ。
それとアレックスの間に、猛烈な衝撃波が巻き起こり、教会は木端微塵に粉砕した。
★
「おーい。生きてるかテメェら」
「不思議な事に、生きておるわ」
「わー! きゃー! 資料が! 文献がー! ってセシリアさーーん!」
ガラガラと、埃と瓦礫、そして紙ふぶきが舞う教会跡地にアリスの声が木霊した。
「……アレは何だったのじゃ?」
「使徒の上役ってことは、神様本人じゃねーの?」
アレックスはそう言って、瓦礫の山を整理しながら小首を傾げた。
そして、アレックスが掘り進んだ先に、彼女は居た。
「ようストーカー。最後に言い残すことはないか?」
使徒は末端から光の粒子となって消え去っている途中だった。
そして、彼女はゆっくりと目を閉じながらこう言った。
「幾千、幾万の時の中。数えきれない戦いを見続けてきました。
多くの涙が流れ、多くの血が露と消えました。
我々は正しい事を行っている。
その事は理解しています。
ですが……少し疲れました」
「そうかい」
アレックスは優しげにそう言った。
「アレはただの病ではありません。
世界の終焉、それがこぼれ落ちたものです」
「世界の終焉?」
「そうです。この世界は、本当はとっくの昔に……」
そこまで話した所で、彼女は溶けるように消え去って行った。
★
瓦礫の山と化した教会を後にし、4人はアリスの伝手でとある宿屋に身を寄せていた。
「この世界はとっくの昔に終焉を迎えているですか」
アリスは、アレックスから聞いたことを頭の中にしみ込ませるように反復した。
「セシリアの病の原因が、その終焉とやらにあるという事は、それをなんとかすればいいという事なのじゃな?」
「まっ、単純に考えりゃそう言うこったろうな」
アレックスはそう言ってぎしりと椅子を軋ませた。
彼の直ぐ傍では、ベッドに横になったセシリアが荒い息を繰り返していた。
「アレックスよ。セシリアはどの程度持ちそうなのじゃ?」
「さてね。この調子じゃ一週間持てば御の字って所だな」
アレックスは腕組みをしながらそう答えた。
「たった一週間か。そのわずかな時間で、蹴りを付けろという事なのじゃな」
「そうだな」
アレックスはセシリアに視線を向けながらそう言った。
「それって。神様が何万年も先送りにしてきた問題を、たった一週間で解決しろっていう事ですよ……ね?」
「ああ、そうしなきゃセシリアは死んじまうって事だ」
アリスの問いに、アレックスは極めて平坦な口調でそう言った。
「終焉!? 世界の終焉なんてものをどうやって解決すればいいんですか!?」
「戯けが、貴様がうろたえてどうすると言うのじゃ。
貴様はノレッジ教の信徒なのじゃろ?
せっかく目の前にご馳走が振って来たのじゃ、喜び勇んで食いつかんか」
ミコットの挑発に、アリスは百面相をした後、決意を込めて頷いた。
「ええ。ええいいでしょう分かりました。
この難題、真っ向から勝負いたしましょう!」
そう言って眼鏡を輝かせるアリスの耳に、くすくすと言う含み笑いが届く。
「なっ、なんですかアレックスさん?
そう不安げな声を発するアリスに、アレックスはこう答えた。
「けけけ。そーじゃねぇよ。確かに神様なんてクソ雑魚ナメクジ如きが匙を投げても、俺たち人間がそれに従う義理はねぇってこった」
「あ、ああああアレックスさん、不敬ですよ不敬」
彼女自身目にしてはいないが、先ほどの天災じみた被害だけはしっかりと彼女の目に焼き付いている。
そして、その事は雄弁にとある事実を物語っている。
それはすなわち、神は確かに実在していると。
だが、アレックスはそんな事に構わずに、ふてぶてしい態度でこう言ったのだった。
「薄らバカの尻拭い如きで、俺の大事な従者を奪われてたまるかよ。
先送りするしか能のない間抜け共に、人間の可能性って奴を見せつけてやる」
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