第26話 廻る世界

 廻る廻る世界は廻る

 永久とわに進む時間ときの流れ

 くるくる廻る空間ぶたいの煌めき

 無限に刻まれし階級の果て

 勇者と魔王は踊り続ける

 覚めない夜を迎えるため


「なんだそりゃ?」


 アレックスはそう言って眉根を寄せた。それは今までに聞いたことのない歌だった。


「古い古い魔族の歌じゃ」


 曲を披露したミコットは、どこか懐かしそうな顔をしてそう言った。


「ふーむ。やはりミコットさんのお話は興味深いですね!」


 アリスは鼻息荒くそう言った。


 アレックスの話を聞いたミコットは、使徒なる者の正体を探るため、アリスたちに一切合切を打ち明けたのだ。


「確かに、その歌と使徒が言ったことには同じ意味が込められていますね」

「あー? そんなのどーだっていいだろ」


 セシリアの言葉に、アレックスはそう言って耳をほじった。


「どうでもいいって事はありません! やはり、勇者と魔王の戦いには法則性があるのです!」

「それが分かった所で何になる?」


 アリスがそう力説するのに、アレックスは不真面目な態度でそう言った。


「少なくとも、わらわたちは知っておくべきことであろう」


 ミコットは腕組みをしながらそう頷いた。


「別にどーでもいいってそんなもん」


 そう言って大あくびをするアレックスに、セシリアはこう尋ねた。


「お坊ちゃまは、何か不安な事があるのですか?」


 その見当違いとも思える質問に、ミコットとアリスはキョトンとした顔をするも、セシリアはなお言葉を続ける。


「お坊ちゃまほどの力を有するお方の考えを、私如き凡人が真に思い測る事は出来ないかもしれません。

 ですが、私は何時でもお坊ちゃまの事を考え、力になりたいと思っているのです」


 セシリアの真摯な物言いに、その場は水を打ったように静まり返った。

 そして、アレックスをじっと見つめるセシリアに、彼は根負けした様に肩をすくませるとこう言った。


「俺は逸脱しすぎている。

 異常者は異常者なりに、他人様に迷惑かけないように地味に暮らそうと思ってるんだが、それはいけない事なのか?」

「それがお坊ちゃまの真の望みならば、私は黙って従います。

 ですが、今のお坊ちゃまは何かに怯えている様な気がしてならないのです」

「そんな自覚はありゃしねーが、お前がそう言うのならばそうなのかもな」


 アレックスはそう言って困ったような笑みを浮かべた。


「こいつが? こいつが何に怯えておるというのじゃ。忌々しい事じゃが、この馬鹿に勝てるものなどこの世の何処を探しても居るまいて」

「そうですよ。アレックスさんのステータスは天元突破。どこに怯える必要があるんですか」


 おかしくなった雰囲気を笑い飛ばすように、ふたりはそう言った。


「ともかくです! 不安は未知から来るのです! 

 セシリアさんの不安を解消するためにも、ここはひとつ本腰を入れて神話の謎を解明すべきではないでしょうか!」

「けけけ。そりゃてめーがそうしたいだけだろーが」


 鼻息荒くそう言うアリスに、アレックスは意地悪な笑みを浮かべながらそう言った。


「じゃが、わらわもその案には賛成じゃな。このままと言うのはどうも尻尾の座りが悪い」


 ミコットはむずむずと尻尾の先を動かしながらそう言った。


「これで賛成は2です! セシリアさんはどう思いますか」

「私はお坊ちゃまの――」

「けけけ。俺の事は気にすんなって、お前はお前の望むままに決めてみろ」


 アレックスにそう言われたセシリアは、3人の顔をゆっくりと見渡した後、静かに「私も知りたいです」と言った。

 その答えに、アレックスは優しげな笑みを浮かべた。


 ★


「さて! それでは賛成多数という事で! 先ずはどうしましょう、ミコットさんの歌について調べるために、魔族領域へと旅立ちますか!?」

「おお、それは良い案じゃの! わらわもようやく城に帰れるというものじゃ!」


 きゃいきゃいとふたりが今後の方針について話し合うのを尻目に、セシリアは申し訳なさそうな顔でアレックスに頭を下げた。


「けけけ。いいから気にすんなって、俺がお前に自由にしろと命令したんだぜ」


 セシリアはその言葉を受け、おずおずとした口調でこう言った。


「申し訳ございませんでしたお坊ちゃま。ですが、私にはこうすることがお坊ちゃまの為になると思ったのです」


 勇者とは歴史に刻まれし歯車の中で一際の輝きを放つものだ。

 アレックスの身を案じるセシリアにしてみれば、不安要因となるものが手の届く範囲にあるのに、指をくわえて見過ごす事など出来なかったのだ。


「しっかし、魔族領域か。そこに行くとなりゃ本腰入れて変装した方がいいのかねぇ?」


 アレックスは頭をボリボリと掻きつつそう言った。

 魔族にとって勇者とは死神の代名詞に他ならない、もし身分がばれる様な事になれば、必ずやひと悶着ある事が浮き彫りだった。


「まー、大概の奴が相手なら、お前がいりゃ何とか――」


 アレックスがセシリアにそう言おうとした時だった。

 セシリアはふらりと体勢を崩すと、糸の切れた操り人形のように――


「セシリア!」


 アレックスはそう叫ぶと、崩れ落ちるセシリアを抱きかかえた。


「おっ……お坊ちゃ……ま?」


 セシリアは、自らが倒れ込んだことすら気付かずに、ボンヤリとした目でアレックスを見つめていた。

 アレックスはその様子を、真剣なまなざしで観察した。


「なっ、何があったのじゃ!?」

「セシリアさん! どうしたのですか!?」


 そう、詰め寄ってくるふたりに、アレックスはボツリと一言こう言った。


「……流行り病、だ」


 ★


 原因不明の流行り病。

 それは、伝染病かどうかさえ判明していない近年急増している未知の病だ。

 老若男女構わずに発症するそれは、急速に命の灯火を消費していく。

 治療法と言えるものはなく、周囲の人は、患者がただ弱っていくのを、指をくわえて見守る事しか出来なかった。


「取りあえず、出来る事は行いました」


 セシリアの部屋から出て来たアリスは、沈んだ顔でそう言った。


「そうか。あんがとよ」


 アレックスは、優しげな瞳でそう言った。


「まさかセシリアがのう……」


 ミコットの呟きは静かに部屋に溶けていった。


「わらわが、もっと早くに気付けておけば」


 ミコットはそう言って拳を握りしめる。

 ジュラーフェン大雪山への旅において、セシリアと最もともに時間を過ごしたのは彼女だ。

 ミコットは、己の鈍感さを悔やんでいた。


「ふっ。てめーに弱音を吐くほど、アイツは柔らかく出来ちゃいねーよ」

「……」


 アレックスの優しい物言いが、柔らかくミコットの心を抉っていった。

 何かを言おうとしても、一番つらいのがアレックスであることは、誰もが分かっていた。


「流行り病。それについては別の者が調査中です。ですが、分かっている事などほとんど皆無と言った所です」


 アリスは悔しそうに奥歯を噛みしめながらそう言った。


「分かって無い……か」

「ええ、伝染病なのか、中毒なのか、あるいは何らかの呪いなのか。それすら分かっておりません」


 アリスは俯きながらそう言った。


「だとすれば……それが答えなんだろ?」

「え?」


 アレックスの呟きに、アリスは顔を上げた。


「これは病気なんかじゃねぇ、別の何か、だ」

「別の何か?」

「そうなんだろう? 使徒さんよ」


 アレックスはそう呟いた。

 すると、一体いつからいたのだろう。彼の背後には、美しい女性が佇んでいたのだった。

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