第25話 勇者と魔王

 朝食を食べ終えのんびりとした時間が流れている頃。

 アリスは、どさりと山のような紙の束を机の上に載せてこう言った。


「どーですか。これはわたくしたちが、今まで調べ上げてきた神話に関する資料と仮説です」

「いや。これをどーしろって言うんだよ」


 アレックスはうんざりとした表情でそのうちの一枚をつまみ上げた。


「何を言ってるんですか? 歴史の生き証人と接触を果たしたアレックスさんに採点して頂きたいのですが?」


 アリスは何を当然のことをと、キョトンとした顔でそう言った。


「いやだよ面倒くさい」


 アレックスがつっけんどんに断るも、アリスはそれにめげずに、押しの一手でグイグイと迫って来た。


「貴様らは余程暇人なのじゃな」


 ミコットは、机から溢れんばかりに置かれた書類の一枚に手を伸ばすと、それをチラリと一べつした。


「おっ、ミコットさんお目が高い。それは中々に攻め込んだ仮説のひとつですよー」


 アリスは、キラリと眼鏡を輝かせてそう言った。

 そこには、次のように書かれてあった。


『勇者と魔王。その存在は、光明神ライフォーンと暗黒神ガルダロスの現身である』


「何じゃこれは。わらわが暗黒神ガルダロスの代理って事なのか?」

「けけけ。そりゃーいい。魔王から暗黒神に大幅な出世じゃねーか。小型犬を倒せるのもそう遠い未来じゃねぇな」

「馬鹿にするでない貴様は!」


 アレックスへミコットが食って掛かるのを尻目に、セシリアはその書類に手を伸ばした。


「繰り返される、勇者と魔王の戦い。それは、神話の戦いを再現している……ですか」

「そうです! 一定周期で繰り広げられる人族と魔族の戦い。否、魔王と勇者の戦いには、何らかの法則が隠れていると思うのです!」

「はっ、馬鹿なこと考えてやがるな。そんな事を計算するより、天候や作物の出来不出来を計算した方が世のため人のためだぜ。

 戦争ってのは大概が、腹が減るから起こるんだ」

「むー。またそう言ってはぐらかすー。

 あとお生憎様。そちらの計算はそちらの計算できちんと行っていますよ」


 アリスは頬を膨らませながら、一枚の書類を差し出した、そこには教会の歴史が始まって以来の気候データがグラフとなって記されていた。


「見てください。多少のばらつきはありますが、一定の法則で気候変動が行われていると思いませんか?」

「んな事言われても、ソーみたいですね。としか言えねぇよ」


 アレックスはグラフをチラ見してそう答えた。


「確かに、干ばつと冷害が一定周期に繰り返されていますね」


 セシリアは、グラフに視線を落としながらそう言った。


「でしょう! その法則と神話との間に何かの関連性があると思うのですよ!」

「知ったこっちゃねぇよそんな事。神話の戦いなんてもんは――」


 アレックスはそう言おうとして、千竜峡谷に現れた使徒の発言について思い出した。


『戦いを終わらせてはならない』


 それが意味することが、アリスの言う通り勇者と魔王の戦いだとしたら?

 自分は、光明神ライフォーンの化身である?

 アレックスはそんな考えが頭をかすめ、冷笑を浮かべた。


「馬鹿馬鹿しい」

「今! 今の間は何ですか!? ブルーアイズフロストドラゴンに何か言われたんですね!?」

「けけけ。知ったこっちゃねぇよ、そんな事」


 押し倒さんばかりの勢いで食って掛かるアリスに、アレックスは意地悪な笑みを浮かべながら肩をすくませた。


 ★


 あてがわれた客室に戻ったアレックスをたずねて来たのは、神妙な面持ちをしたミコットだった。


「貴様はいったい何を隠しておるのじゃ」

「ん? なんだ。お前も気になってんのか?」

「……そうじゃな」


 アレックスのキョトンとした物言いに、ミコットは一拍の間を置いてそう返した。

 そして、彼女はアレックスの目を見つめながらこう言った。


「繰り返される神話の戦い。それはすなわち、貴様とわらわが戦う定めにあるという事でないのか?」


 真剣なまなざしのミコットに、アレックスは口の端をゆがめながらこう言った。


「お前はそんなに俺と戦いたいのか?」


 その問いに、ミコットは拳を固めながらこう答えた。


「わらわにはその気はないし、その力もない」


 悔しげにそう呟いたミコットに、アレックスはどこか優しげな口調でこう言った。


「安心しろよ。俺にもその気はないし、その資格も無い」

「資格? 貴様は勇者であるのじゃろ?」

「勇者は勇者でも欠陥品の勇者だよ」


 アレックスはそう言って肩をすくませた。


「何を言っておるのじゃ? 貴様が真の実力を隠している事なぞ承知の上じゃぞ?」

「その力ってのが問題だ、俺は色々と外れすぎている」

「外れすぎている?」

「ああ。俺の親父の事は知っているよな?」

「もちろんじゃ。貴様の親父は我が父上の仇。忘れる事などあろうものか」


 複雑な表情を浮かべるミコットに、アレックスは目を細めながらこう言った。


「親父の最盛期のレベルは91だそうだ」

「91か、よく練り上げたものじゃな」


 ミコットの発言に、アレックスは諦めと悲しみが入り混じった表情でこう言った。


「対して俺のレベルは天井知らず。人間としても勇者としても、その枠組みから外れちまってる」

「なんでじゃ? 強いに越したことはないであろう?」


 小首を傾げるミコットに、アレックスはこう言った。


「物事には何事も程度ってもんがある。俺は駒としては失格だよ」

「貴様は自分の事を駒だと言うのか?」


 ミコットの問いに、アレックスは皮肉げな笑みを浮かべながら肩をすくませた。

 そんなアレックスに、ミコットは一度目を閉じてからこう言った。


「貴様が駒と言うのならば、わらわも駒か……。

 そうすると、プレイヤーと言うのは、あの村で出会った女の事か?」


 ミコットの何気ない一言に、アレックスはキラリと目を光らせた。


「どうやらその目から察するに、アレはわらわの勘違いと言う訳じゃなさそうじゃな」

「おめーにも見えてたって事は……やはりそう言う事か」


 アレックスは苦虫を噛み潰したような顔をしてそう言った。

 アレックスとミコット、ふたりに共通するのは、勇者と魔王と言う、誰かに押し付けられた役割だ。


「わらわは、魔王という事、即ち父上の娘であるという事にほこりを持っておる。

 じゃがそれが、誰かの駒であると言うのならば話は別じゃ」


 ミコットは忌々しそうにそう吐き捨てた。


「けけけ。レベル3の魔王の癖に良く吠えるぜ」

「ふっ。わらわは大器晩成型なのじゃ」


 ミコットはそう言って堂々と腕組みをした。


 ★


「使徒、それが奴らの名か?」

「ああ、例のなんちゃらドラゴンのいう事にはな」


 アレックスは千竜峡谷であった事をミコットに説明した後、そう言って肩をすくませた。


「ふむ、戦いを終わらせてはならぬ……と」

「そ。何処のどなたさんのご都合かは知らねーが、そう決まってる事らしいぜ」

「……気にくわんの」


 ミコットはボツリとそう呟いた。


「けけけ。そーかい、血気盛んで何よりな事だ」

「って、貴様は何を他人事の振りをしておる!」

「かかか。言ったろ、俺は駒としちゃ失格なんだよ」

「そんなの貴様が自分勝手に自称しとるだけじゃろうが!」


 ミコットはギャーギャーとそうわめいたのだった。

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