第23話 神話の記録者
猛烈な吹雪はその勢いを衰えさせるどころか、ますますその勢いを増していた。
視界は劣悪を通り越した皆無。
パーティは、アレックスの作った横穴でしばらく足止めをせざるを得なかった。
「ったく、奴さん張り切ってやがんな」
アレックスは横穴の入り口から白の世界を見ながらそう呟いた。
「この吹雪は、例の古代竜が発生させているのですか?」
「だろーな。ただの吹雪じゃねぇ、みょうな魔力が籠っていやがる」
アレックスはそう言って肩をすくませた。
「ブルーアイズフロストドラゴンの生態は、殆どがこの白いベールに包まれています」
アリスは、優しく燃えるランタンの炎を見つめながらそう言った。
「寿命、食性、繁殖。あらゆることが解明されておらず、ただ分かっているのはおよそ100年周期で活動期に入るという事だけ。
まさか、今年がその当たり年だとは、まったく運がいいのか悪いのか」
「けけけ。お前は知の探究者なんだろ? せっかくのご馳走が目の前にあるんだ、運が良かったに決まってるじゃねーか」
アレックスはそう言って意地悪そうに笑った。
「ううう。それを言われると張り切るより他はないですが、この寒さは計算外ですよー」
アリスはそう言ってぎゅっと自分の体を抱きしめた。
「しかし、何もかも不明ねぇ。こんなくそへんぴな山ん中、碌に食うものも無いだろうに、奴さんは普段何して暮らしてんだ? 話によれば100m級の巨体なんだろ?」
アレックスの疑問にアリスはこう答えた。
「一説によれば、彼らは半精霊状態になっていると言います」
「半精霊?」
「ええ、肉の体は当の昔に脱ぎ捨て、その体はエーテルで構成されているとかなんとか」
「はーん。それじゃー霞を食らって生きているって事か、省エネな事で何よりだ」
アレックスはそう言って大あくびをする。
「ところで、この吹雪はいつ頃やみそうなのじゃ? ブルーアイズフロストドラゴンが発生させているって事は、そいつの活動期とやらが終わるまで止まないのではないか?」
「おお、ミコット生きてたか」
「生きてるのじゃ」
寒さのせいで萎れているミコットは、寝袋の隙間から力なくそう言った。
「しかしそうですね。ミコットさんのご指摘も十分な可能性があります。
この白のベールの向うで、彼らが何を行っているのかは分かりませんが、その何かが終わるまで、ずっとこのままと言う可能性も……」
アリスはそう言って語尾を濁す。
「寒さと風だけならばなんとかなりますが……」
セシリアはそう言って白の世界に視線を向ける。
1m先どころか、目と鼻の先すら見通せないこの状況では、先を目指すのは幾ら彼女とは言え自殺行為以外の何ものでもなかった。
「かと言って、ここまで来てすごすご逃げ帰るってのも癪に障るな」
アレックスはそう言って背伸びをした。
「アレックスさん?」
こきこきと体をほぐし始めるアレックスに、アリスは何事かと声をかけた。
「おめーらはここで待ってろ、俺はちーと様子を見て来る」
「そんな! 無謀ですお坊ちゃま!」
「安心しろ、そんな先までは行かねーよ、ほんのちょっと様子を見て来るだけだ」
「アレックスさん、少しお待ちを」
今にも横穴から出ていきそうなアレックスにアリスはそう声をかけた。
「んだよ。こっちは退屈でしょーがねーんだよ」
「いえ、お行きするのは止めません。その代りにこの子も連れて行ってくれませんか?」
アリスはそう言って、荷物の中から人形を取り出した。
「あ?」
それを受け取ったアレックスは小首を傾げる。
そんなアレックスに、アリスはこう言って説明した。
「今からドールサイトの魔法をかけます。これで、
「あー、あったなそんな魔法」
「ええ、操霊魔法のひとつです。
まぁ、一面真っ白なこの世界では視覚を共有したところで意味は少ないですが、
「いざという時はそれを頼りに帰ってこいって事か」
「はい」
アリスはそう言ってほほ笑んだ。
★
「それでは、普段よりかなり強めに魔力を通しました、これで大丈夫でしょうか?」
「おー、いけるんじゃね?」
アレックスは人形を片手でもてあそびながらそう言った。
彼の目には、アリスと人形を繋ぐ赤いラインが見えていた。
「んじゃ、ちょっくら行ってくら」
アレックスはそう言うと、庭先を散歩するような気軽さで、白の世界へ踏み出した。
(まっ。取りあえず、奴の気配の方向へ行ってみるか)
暗視スキルは用をなさなくとも、彼は反響定位のスキルによって、風音の反響により周囲の状況を探る事が出来た。
そして彼は、ブルーアイズフロストドラゴンと思しき莫大な魔力反応に向けて歩き出した。
★
歩き続けること小一時間。
とは言え、余計な荷物が無いうえでの小一時間である。
彼は、目標としていた地点までたどり着いた。
「よーう、大将。
この場合なんて言えばいいんだ? 生憎とドラゴン語なんてもんは知らねーんだ」
目の前にある莫大な気配に向けて、彼は気軽に声をかけた。
ズワリと何かが動いた気配がした。
それと共に、彼の脳内に言葉が響いて来た。
『小さきものよ、何用だ』
「かっ、言葉が通じんのか、そりゃーありがたい」
アレックスはそう言って、ニヤリと頬を歪めた。
「まっ、とは言え俺には特にこれと言って話す事なんてありゃしなくてな」
アレックスはそう言って、肩をすくめる。
その反応が愉快だったのか、莫大な気配は小刻みに体を震えさせた。
『ふっ、道化を演じるか』
「かかか。生憎と、生まれてこの方真面目に何かをしたことなんてなくってな」
『出来なかった、の間違いであろう? 特異点よ』
「特異点?」
『……』
「おいおい、意味深な事を言ってお入れだんまりかよ」
アレックスはそう言って、腕組みした。
『我はただの傍観者に過ぎん。
自分が特別な存在であるという事は、己自身が何よりも知っておることだろう?』
アレックスはその言葉に皮肉げな笑みを浮かべると、こう言った。
「そーいや。受け入りの質問だが、ひとつ聞きたいことがあったな」
『……』
「アンタが自分の事を傍観者って言うなら、神々の戦いって奴も知ってんのか?」
『……』
巨大な気配は、深く沈黙した。それは遠い遠い時間の重みが降り積もる様な沈黙だった。
『それを聞いて何とする?』
「いーや別に? 受け入りの質問って言ったろ? 俺自身にそれほど興味がある訳じゃねぇ」
アレックスはそう言って、肩をすくめる。
『……』
「……」
沈黙が、ふたりの間に流れた。
そして、巨大な気配は深いため息と共に、こう言った。
『神々の戦い、それは――』
その言葉が、アレックスに流れ込んで来たところで、彼は素早く背後を振り返った。
「つけて来たのか? 人がわりーぜ?」
そこには、美しい女性がいた。
彼女は少しウェーブのかかったプラチナブロンドを胸前に垂らしており、静かに、ただ静かにそこに佇んでいた。
『使徒』
「使徒? それがこいつの名前か?」
アレックスはそう尋ねた。だが、巨大な気配はその問いに答える事はなかった。
しかし、かわりに言葉を発するものが居た。
「戦いは終わりません」
その女性は、透き通るような声でそう言った。
その言葉には感情と言うものが無く、ただ風のようにアレックスの耳に届いた。
「なんだと?」
アレックスは眉間にしわを寄せてそう言った。
「終わらせてはならないのです」
その言葉が、アレックスの耳に溶ける時には、彼女の姿もまた白の世界へ溶けていった。
アレックスはちらりと背後を振り返り、巨大な気配にこう尋ねた。
「つーことらしいが?」
『……』
だが、巨大な気配は黙したまま、何も語らなかった。
「へっ、どいつもこいつも口が重いこって」
アレックスは肩をすくめてそう言うと、「んじゃ邪魔したな」と、その場を後にしたのだった。
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