第22話 白の世界

 アレックスたちは、夜陰に紛れるようにして登山口を目指した。

 町はずれにあるそれは、高さ3m程はある木製の巨大な扉によって封じられていたが、アレックスとセシリアにとっては障害物足り得なかった。

 アレックスはアリスを抱え、セシリアはミコットを抱え、軽々とその門を飛び越えた。


 登山道は星明りによってボンヤリと照らされていた。

 もっとも、アレックスとセシリアは卓越したレンジャースキルによりこの程度の暗闇は全く問題なく、アリスは魔動機術の粋を集めた特殊な眼鏡により昼間と変わらぬ視界を得られており、ミコットに至っては暗視能力を生まれつき備えていた。


 とは言え夜の登山道である。

 轟々と吹きすさぶ風は、耳触りのよい音とは決して言えず、やる気をそいでいくのに十分な魔曲であった。


「取りあえずこんだけ離れりゃじゅーぶんだろ」


 町を出発して小一時間ほど、少し谷間になった場所にたどり着いた一行は、そこで初日のキャンプを迎える事にした。


「はぁ、まったくなんで俺が荷物持ちなんてしなきゃいけねーんだ」


 アレックスはそう言うと、自分の背丈を超える程の背嚢を地面に下ろした。


「くくく。いー気味じゃ。普段はサボってばかりなのだからこんな時ぐらい働くがいいのじゃ」

「ったくこのお子ちゃまは。おめーはいい身分だよな」


 パーティの中で一際レベルの低いミコットは、セシリアに抱かれたまま登山を行っていたのだ。


「すみませんね、アレックスさん。ここまで来たらわたくしが運搬用のゴーレムを作りますから」


 アリスは町の様子を確認しながらそう言った。


「あー、いいよいいよ面倒くせぇ。魔力の無駄だ、万が一の為にとっとけ」


 アレックスは鬱陶しそうに手を振った。


「えっ、でもいいのですか? そのままで」

「ああ、この程度の荷物、鬱陶しいだけで重さなんて感じやしねぇ」


 アレックスはそう言ってへらへらと笑った。

 彼が抱えている荷物は、彼自身、そしてセシリア、ミコットの3人分の荷物だが、彼の常識外のステータスの前では、その程度の重量は羽毛が如きものだった。


「はへー、やっぱり凄いですねアレックスさんは。わたくし、あなたのステータスを見た時、この眼鏡が故障したのかと思いましたもの」


 アリスは眼鏡のツルを押し上げながらそう言った。


「まっ、そんな事どーでもいい。今日の所はさっさと寝るぜ」

「あっ、はいはい。それではテントの準備をしますねー」


 アリスはそう言うと、手慣れた手つきで野営の準備を始めた。


 ★


「ふっ!」

「ぎゃー! ぎゃー! おーろーすーのーじゃー!」


 自らのテリトリーに入って来た獲物に対して、モンスターたちは涎を垂らしながら襲い掛かって来た。

 それを迎撃するのはセシリアの役目である。

 彼女は背嚢を背負い、片手にミコットを抱えたまま、縦横無尽に敵陣を撹拌した。


「いやー改めてすごいですねー、あれがレベル86の戦士ですかー」

「そーさなー」


 セシリアが八面六臂の活躍をするのを、アレックスとアリスは、遠目からぼーっと観戦していた。


「ふぅ。これで終わりですか」

「うぅ。吐きそう」


 汗ひとつかかずに剣をおさめたセシリアとは対照的に、脂汗を流したミコットは口元を押さえながらそう言った。


「しっかし、随分と好戦的な奴らだったな、この山はこんなもんなのか?」

「いえ、おそらくは、例の古代竜の影響ではないでしょうか」


 アリスは眼鏡の倍率を調整し、山の中腹を観察しながらそう言った。

 雲に覆われた中腹は、白と灰の世界であり、ブルーアイズフロストドラゴンが居るという先入観からか、一際不気味な雰囲気を醸し出していた。


「まっ、この程度の相手だったら幾ら来たって問題ねぇ、シチューの具材が向うから来てくれるようなもんだ」


 アレックスはそう言って、大あくびをしながら背伸びをした。


 ★


 しばらく、歩いては休憩し、歩いては休憩しを繰り返し、時にはモンスターの襲撃を迎撃し、パーティは順調に大雪山を登り続けていた。


 次第に木々は姿を消し、緑といえば地面に生える草ばかりとなり、それが終われば辺り一面岩ばかりの殺風景な景色となった。

 道のりは一直線と言う訳にもいかず、時には大きな峡谷が行く手を挟んだりしたが、回り道をするのを面倒くさがったアレックスが、パーティメンバーを抱えて飛び越えたりした。

 

 そしてパーティは、山の中腹である千竜峡谷へと足を踏み入れた。


 ★


 そこは白の世界だった。

 猛烈な吹雪が絶えず巻き起こり、視界は劣悪。

 最新鋭の耐寒装備を持ってしても完全には防ぐことは出来ない極低温により、体力は何もせずとも削られて行った。

 ただし、アレックスを除いての話だったが。


「ははっ、なるほどねぇ。確かになんかいやがるな」


 スキルによって寒冷ダメージを完全無効化しているアレックスは、極寒の世界の中にあっても、いつも通り呑気な口調でそう言った。


「ところでこいつちゃんと生きてんのか?」


 全身すっぽりと寝袋にくるまったまま運ばれているミコットは、「うー」と言ううめき声によって、自らの生をアピールした。


 ミコットが生きていることを確認したアレックスは、改めて吹雪の中へ視線を向けた。


(あっちはこっちに気付いてない……か。まーあちらさんにしてみれば、こんなちっぽけな命に一々注意を払う必要はないってか?)


 アレックスはそう思い、皮肉げな笑みを浮かべる。


(さてどーするかね。俺が力を解放したら、流石の奴も気が付くだろうが……。

 ドラゴンの礼儀作法なんて知ったこっちゃねぇからな。どーするのが正解なのやら)


 足を止め、考えを巡らすアレックスの肩を、セシリアがポンポンと叩いた。


「ん? どーした?」


 セシリアはその問いに、ゴーグル越しに視線を背後に向ける。


「ん? おお、死にそうな奴はここにもいたか」


 そこには、自分の体を必死に抱きかかえるアリスの姿があった。


「んじゃ、ここらで休憩しとくか」


 アレックスはそう言うと、壁面に手を当てた。


「ファイヤ」


 彼がそう呟くと、極熱の火炎が壁面を抉り溶かした。


「っと、やり過ぎたか? フリーズ」


 一転、強烈な冷気が、マグマと化した壁面を凍り固め、そこには4人が十分横になれるほどの横穴が出来ていた。


「おら、風よけ作ってやったぞ、とっとと入れ」


 アレックスは、そう言ってふたりの女性とそのおまけを横穴へと押し込んだ。


 ★


「うううー。嘗めていたつもりはなかったのですが、予想以上でした」


 アリスはランタンの炎で暖まりながら、かみ合わない歯でそう言った。


「そうですね、これは少々応えます」


 セシリアは動きの鈍くなった手を握りなおしながらそう言った。


「……」


 ミコットは、寝袋の隙間から目だけを出して、揺れる炎を眺めていた。


 3人の女性が言葉少なに暖を取っている間、横穴の入り口付近で壁に体を預けて立っているアレックスは、ひとり目を閉じ周囲の気配を探っていた。


(今ので気づいたか? ドアのノックとしちゃ正解だったか?)


 アレックスはそう思うと、ニヤリと頬を歪めたのであった。

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