第21話 伝説の霊峰
襲い掛かる数多の凶悪なモンスターを退け、キャラバンはようやくジュラーフェン大雪山麓の町へと到着した。
「はー、散々な旅だったのじゃ」
「けけけ。お前は馬車の隅っこでガタガタ震えてただけじゃねーか」
「ぐーすかと惰眠をむさぼってたアンタに言われたくないのじゃ!」
アレックスは、ガルガルと牙をむくミコットを他所に、ぐるりと町の様子を一べつした。
町には、小さな建物がポツリポツリと建っている、何処にでもある田舎町といった感じだった。
「なーんで、こんな辺鄙な街に、これだけのキャラバンが立ち寄るんだ?」
アレックスは腕組みをしながら小首を傾げる。それに答えたのはアリスだった。
「それはですねー、ここはドワーフの集落なんですよ」
「あー、そんでか」
「はい! 彼らの工房はもっと町の奥に固まっているんですが、ここで生産された工芸品や宝飾品、そして武器防具などは、都では高値で取引されるのです」
ドワーフは小柄ながら筋肉質な体型をしており、手先が器用で金属を取り扱わせれば右に出るものは居ない種族だ。
キャラバンの行商人たちは、露店を開いたり、目当ての工房へと走って行ったり、それぞれ忙しく過ごしていた。
アレックスはその様子を一通り眺めた後、アリスに話しかけた。
「で? 俺たちはどうするんだ? さっそくあそこに向かうのか?」
アレックスはそう言って、ちらりと上を見上げた。
その視線の先には、雄大な山々が連なっており、その中でも頂上が見えないほどの、ひときわ高くそびえ立つ山があった。
「いえいえ、そんな無茶はいたしませんよ。
敵を知り己を知れば何とやら。先ずはここの地形を熟知しているガイドを雇うのが先決です」
アリスはそう言うと、皆を先導して町の奥へと進んでいった。
★
「お前らがジュラーフェンに登るだぁ?」
その男は、いかにもドワーフといった髭もじゃの男で、太く濃い眉毛の下からギロリとしたギョロ目でアレックスたちを睨みつけた。
「ええ、ご覧になって頂ければ分かると思いますが、準備は万端です」
アリスは自信満々に、耐寒装備を机に広げた。
その男はいかにも使い慣れたと言った感じのモノクルを右目にかけると、それらの装備に詳細なチェックをした。
「ふん、道具だけは一丁前のようだな」
「いえいえ、道具だけではございません。ここにいるセシリアさんなんてレベル86の戦士職なんですよ」
「ほう」
男は、目を見開いてセシリアを上から下までぎろりと眺めた。
「あながち嘘って訳でもなさそうだな。だが、他の奴らはどうなんだ?」
「はい、
アリスはそう言った所で、ちらりとアレックスとミコットに視線を向けこう言った。
「彼はとても凄い人で、彼女はマスコット枠です」
「なんじゃそりゃ?」
「まぁまぁ、レベル的には問題ないという事です」
アリスは満面の笑顔でそう言った。
それに対してその男は、眉間に深いしわを刻みながらこう言った。
「ガイド、ガイドのう」
「何か問題でも?
「ふむ、確かに儂ほどこの山を熟知しているものはおらんだろうよ」
男は堂々と腕を組みながらそう言った。
しかし、それも一転、彼は深いため息を吐きながらこう言った。
「今はな、ちと時期が悪いんじゃ」
「時期ですか? 最近は気候も穏やかですし……もしかして雪崩のシーズンとかなのですか?」
「いやそう言う訳では無い」
男はそう言って首を横に振った。
「雪崩程度ならば、何とでもなる。じゃがの、今は100年に一度といわれる、ブルーアイズフロストドラゴンの活動期なのじゃ」
「え! あの世界一美しいと言われる古代竜ですか!」
アリスは目を輝かせてそう言った。
ブルーアイズフロストドラゴンとは、全長100mはある超巨大な純白の古代竜だ。
普段は、ジュラーフェン大雪山の山頂付近に住む彼らは、活動期になると繁殖の為、山の中腹辺りの千竜峡谷と呼ばれる所まで降りて来ると言われている。
「そうじゃ、その古代竜じゃ。
彼の者は山の神であり生きた災害。今の時期にこの山に踏み入れるのは色々な意味で許可できん」
「う……ぐ……」
誰よりも山を知る男にそう言われ、アリスは言葉に詰まらせる。
「その活動期はいつ頃終わるのでしょうか?」
色々な感情が頭を巡り、フリーズしたアリスに代わり、セシリアがそう尋ねた。
「さてな、それは竜のみぞ知ると言う所じゃて」
彼はそう言って肩をすくめた。
★
ガイドを断られたアリスは、一目見れば分かる程に肩を落としてとぼとぼと歩いていた。
そんな彼女にアレックスは気軽に声をかけた。
「なあアリスよ。そのなんちゃらドラゴンって奴には話は通じるのか?」
「え? あ? どうでしょうか? 確かに古代龍と問答をかわして、財宝を持ち帰ったというおとぎ話は良くききますが」
「だろ? 俺もガキのころ寝物語にそんな話を聞いたことがある」
「って! 正気ですかアレックスさん!」
アリスは目を丸くしてそう言った。
「かかか。せっかくこんな辺鄙な所まで来ておいて、一歩も山を登らずに帰るってのも味気ねぇじゃねーか」
「いっいえ、確かに彼ら古代竜は悠久の時を生き、独自の文化を築いているという話ですが」
アリスは腕組みをしながらブツブツと何事かを呟いた。
「かかか。そりゃーなおさら好都合じゃねーか、奴らがそんなに長い気ならば、神話の戦いについても人間なんぞよりよほど物知りだろうよ」
「!?」
その一言に、アリスはギラリと目を輝かせた。
「そうです! そうですね! 何も聞き取りの対象を人族に固定しなくても構いませんよね!」
さっきまでの落ち込みようは何処に行ったのか、アリスは興奮しきった様子で、ブンブンと腕を振った。
「さて、そーなると。今度は逆に誰にもばれないように登らなきゃな」
アレックスはニヤニヤとした笑みを浮かべながらそう言った。
山の民にとってブルーアイズフロストドラゴンは特別な生き物だ。彼らはそれを恐れると同時に敬っている。
その神聖なる生き物の大切な繁殖期を、物見遊山もかくやといった感じで接触するとなれば、不敬者として地の果てまで追いかけられても文句は言えない。
「けけけ。すこーしばかり楽しくなって来たじゃねーの」
アレックスはそう言って、ニヤリと頬を歪めた。
その時だ、アレックスに、生まれて初めての感覚が背筋を走った。
彼は、素早く、しかしごく自然に背後に視線を向けた。
そこには、今まで見たことのない程に美しい女性の姿があった。
彼女は少しウェーブのかかったプラチナブロンドを胸前に垂らしており、静かに、ただ静かにそこに佇んでいた。
「だれだ、アンタ」
アレックスは平静を装いつつも、ほんのわずかに踵を浮かせ、いつでも一歩踏み出せるように準備した。
ところが、その女性は何もいう事も無く、ゆっくりとまぶたを閉じた。
そして、気が付いた時にはその女性の姿はまるで最初からそこにいなかったかのように掻き消えていた。
「……」
「――さん、アレックスさん!」
「ん? おっ、おう、何だアリス」
「なんだじゃないですよ、いきなり振り向いたかと思えばぼーっとして、何かあったのですか?」
「……さて……ね」
アレックスはそう言ってボリボリと頭を掻いたのだった。
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