第20話 伝承の地へ

「山登りねぇ、気が乗らねぇなあ」


 アレックスはあからさまに嫌そうな態度をした。


「えー、良いじゃないですかー、どうせ行く当てのない旅なんですよねー」

「だって山だぜ山、疲れるばかりで何も得るものなんかありゃしねぇだろ」

「そんな事はありません! 彼の霊峰は大陸屈指の霊的スポットなんですよ!」


 アリスは鼻息荒くそう言った。


「んな事言うならひとりで行けばいいじゃねぇか」

わたくしもそれが出来ればやっています。ですがお目当ての場所は高レベルモンスターの巣窟となっています。

 しかも、それだけではありません。ジュラーフェン大雪山は10,000m級の高山。単独登頂にはあまりにもハードルが高いのです」


 アリスはそう言ってがっくりと肩を落とす。


「そんな話を聞いて行きたくなると思うか?」

「大丈夫ですよ! アレックスさんならその程度、庭先を散歩する様なものでしょう?

 セシリアさんだって最高レベルの冒険者と優劣つけがたいですし、ミコットさんは……」

「わらわが何じゃ」


 ミコットはジロリとアリスを睨みつけた。


「……ミコットさんは、パーティを和ませるマスコットとしてですね!」

「誰がマスコットじゃ! 誰が!」


 ミコットがギャーギャーと抗議の声を上げるのを他所に、セシリアはアレックスにこう言った。


「それで、いかがなさいますかお坊ちゃま」

「んー、そうだなぁ」


 アレックスはそう言うとポケットをまさぐった、そこには一枚の銅貨があった。


「けけけ。これでいいや」


 アレックスはそう言うと、皆に見せびらかすように、それを掲げた。


「貴様まさか」


 ミコットが顔を青ざめるのを無視して、アレックスはこう言った。


「表が出たら行く、裏が出たら行かねー」


 そしてアレックスは銅貨をピンとはじいた。

 銅貨は真っ直ぐと宙に登り、甲高い音をなびかせてテーブルの上に落下した。


 ★


「信じられない、信じられない、信じられない」


 ミコットは体育座りで、壁に向かってブツブツとそう呟いていた。


「おいおいミコット、いつまでも決まった事をグダグダと」

「何で大事な命を銅貨如きにゆだねなきゃいけないのじゃ!」


 アレックスのへらへらとした言葉に、彼女は牙をむき出しにしてそうわめいた。


「かかか。銅貨が金貨だって同じこと、人間いつ死ぬか分かんねーんだ、これも運命ってこった」

「意味が分からんのじゃ!」


 ミコットは半泣きでそう叫んだ。


「しかし、登山となればそれなりの準備が必要ですね」


 朝食の後片付けがすんだセシリアは、台所から戻ってくるなりそう言った。


「そーさなー。流石に着の身着のままって訳にはいかねーだろーなー」

「当たり前じゃ、死ぬのじゃ死ぬ、主にわらわがな!」


 ミコットは開き直ってそう言った。


「てなわけだ、このお子ちゃまが死なない程度の装備ってのはどんなもんだ?」

「誰がお子ちゃまじゃ誰が! わらわは貴様より年上じゃ」

「けけけ。魔族ってのは寿命が長い分育ちが遅いんだろ、見た目は十分お子ちゃまだ」


 アレックスはそう言ってポンポンとミコットの頭に手を置いた。

 ミコットはその手を鬱陶しそうに払った後、アリスに向き直りこう言った。


「今回の旅は貴様が主導するのじゃな、ならば貴様が準備するのが筋ってものじゃ」

「ええ、勿論お任せ下さい。いつか来るこの日を望んで、日々コツコツと準備を続けていましたから」


 アリスはそう言って自信満々に胸を叩いた。


 ★


 教会奥の倉庫は魔窟と言って相違ない場所だった。

 何をどう使っていいのか判別不能な品々が所狭しと置かれ、天井からは訳の分からないケーブルが幾つも垂れ落ち、何かのうめき声のような音が絶えず聞こえていた。


「ホント、封印した方がいいんじゃねえのかこの教会」


 アレックスたちが立ち尽くすのを他所に、アリスは鼻歌まじりで物品をかき分けていく。


「じゃじゃーん! これが特殊耐寒装備イフリートマークXです!」


 アリスはそう言って一着のコートを掲げた。


「んーん? 普通のコートに見えるが、何か違うのか?」

「ええ、よくぞ聞いてくれました! これなるは、外布は完全防風のための特殊繊維で編んであり、中綿には高品質の保温性に優れたガルムギースの羽毛を効果的に配置、そして内布には肌触り良く吸汗性に優れたランドルワットの薄皮を利用し、さらには――」

「あーあーはいはい、分かった分かった」


 アレックスは、このままでは何時間でも喋っていそうなアリスを、おざなりな態度で制止させた。


「取りあえず防寒装備は整っているって事か」

「ええ、ミコットさんには小人族用の装備をお貸ししますね」

「はいはい、何でもいいのじゃ、寒く無ければな」


 あきらめの境地に至ったミコットは、渡されたコートを言われるがままに試着した。

 

 そして、その他様々な準備を整え、一行はジュラーフェン大雪山の麓、ルドン高原へ向かう事にしたのである。


 ★


「かかか。たまにゃー馬車の旅ってのも悪くはねぇな」


 ルドン高原までは商隊のキャラバンにくっついて馬車で行くことにした。


「にしても、意外と金持ってんだなお前の教会」


 馬車はレンタルしたものであり、合計4人分の旅の準備も含めれば少なくない金がかかっている筈である。


「ええ、我がノレッジ教は知の殿堂。魔法ギルドを始め様々なスポンサーがいらっしゃいますから」


 アリスはそう言って御者台で胸を張る。

 ノレッジ教は知識の収集だけでなく、得た知識を積極的に広める事も美徳としている。

 故に、ノレッジ教が新たな知識を得る事でメリットをもつ団体・個人も多いという事だ。


「そう聞くと、実利重視の下賎な団体にも聞こえて来るの」


 ミコットは意地悪そうにそう言った。


「あははははー。それはある点では否定はしません。わたくしたちは現実世界で生きているのですから、どうしてもお金という価値観からは逃れませんからねー」


 アリスはあっけらかんとそう言った。


 ★


 十数台の馬車が連立するキャラバンともなると、野営の旅に宴会が繰り広げられる事となる。

 満天の星空の元、それぞれが材料を持ち寄って、料理を行うのだが、その中でセシリアは八面六臂の活躍をしていた。


「やあやあ、全くアンタは若いのに大したもんだ。戦闘だけでは無く料理も完璧と来たもんだ。

 どうだい、ウチと契約を結ばないか?」

「いやいや、それは話が違うってもんだ。彼女に目を掛けたのはウチのが先だ」

「申し訳ございません。私はお坊ちゃまのメイドですので」


 セシリアはそう言って、つっけんどんに断った。だが、行商人の親父たちは断られて事を肴に盛り上がっていた。


 そして、皆がそう盛り上がっているのを、アレックスは少し遠い目をして眺めていた。


「どーしたのじゃ、たそがれておって、貴様のがらでもない」

「くくく。いやなに、あそこら辺が境界線なんだろうなって思ってな」


 アレックスはそう言って、グラスを傾けた。


「境界線?」

「ああ、人とそうでない者の境界線だ」

「……そう」


 ミコットは両手でマグカップを抱え、はちみつがタップリと入ったコーヒーを飲んだ。

 人並み外れた、その言葉が陳腐なものに思えるほど、アレックスは人間を逸脱している。

 彼が本当の意味で自由に振る舞ったら、たったひとりで世界と戦う事すら可能だろう。


 キャラバンは昼間、モンスターの群れに取り囲まれた事があった。だがその迎撃に出たのはキャラバンに雇われた冒険者とセシリアで、アレックスは馬車の奥でごろりと横になっていただけだった。

 

 彼が戦闘に参加していれば、瞬きの間に片付いてしまっただろう。

 だが、彼は最後まで手を出さなかった。いや、出せなかった。

 彼は常識の埒外にいる存在だ、そんなものは人間社会では受け入れられないのだ。


「アレックスさーん、ミコットさーん、おかわり貰って来ましたよー」


 アリスはニコニコと笑いながら両手いっぱいに料理を抱えてやって来た。

 それを見たミコットはアレックスに向かってこう言った。


「はっ、境界線なんてあやふやなものじゃ、中にはあんな間抜けもおるわ」

「そーらしいな」


 アレックスはそう言って肩をすくめる。

 彼らの目の前には皿から溢れんばかりのご馳走が運ばれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る