第18話 知を求めるもの

「ふーん。山の邪教ねぇ」


 アレックスは頬杖をつきながらそう言った。


「ええ、言い逃れは出来ませんよ。だってわたくしもあの場にいましたから」

「あの場に?」


 アレックスが眉根を寄せると、彼女はとっておきの種明かしをするような笑顔でこう言った。


「ええ、わたくしは例の邪教の調査のために、その信徒の振りをして潜入していたのです」

「「「はあ?」」」


 えへんと胸を張る彼女に、アレックスたちは大口を開けてそう言った。


「潜入調査……でございますか、ですが一体何のために?」


 セシリアはおずおずとそう尋ねた。宗教とは強固なコミュニティだ、しかもそれが人目をはばかる邪教の類ならなおさらだ。

 ところが彼女は、何ら後ろめたい事など無いと言わんばかりにこう言った。


「もちろん真理のためですわ。わたくしたちノレッジ様の信徒は知を求めるものでございますから」


 ★


 話がヒートアップするにつれ、一目が気になって来たので、4人はノレッジ教の境界へと場所を移した。

 町はずれにあるその教会は外見こそはこじんまりとした地味なものだったが、その中身は大違いだった。


「なんとまぁ、これだけの」


 アレックスはぽかりと大口を開け呟いた。

 壁一面至る所に本棚が敷き詰められ、それに収まり切れなかった本や巻物がそこら中にあふれかえっていたのだ。


「うふふふ。ようこそ我がノレッジ教へ、暖かくお歓迎いたしますわ」


 シスターはそう言ってぺこりと頭を下げた。


「ここに居るのは、アンタひとりなのか?」

「ええ、今はわたくしひとりですわ。他にも数人信徒は居ますが、皆それぞれの研究テーマに沿ってフィールドワークに勤しんでおりますの」

「はっ、まったく、宗教観ってのが崩壊しそうだぜ」


 アレックスはそう言って、わずかに残っている椅子にどかりと腰かけた。

 そうして、皆が腰かけたのを見計らい、シスターは人数分のお茶を持って来た。


「それでは、自己紹介が遅れまして申し訳ございません。わたくしはシスターアリスというものです」


 アリスはそう言ってぺこりと頭を下げた。

 アレックスたちはそれに対して最低限の自己紹介を行った。


 そして、お茶に口を付けたアレックスは単刀直入にこう言った。


「そんで? お前さんはあんな所で何を調べてたっていうんだ?」


 アレックスが藪睨みにそう尋ねると、アリスは悪戯っぽい笑顔を浮かべてこう言った。


「彼の邪教の名は銀の鍵教。そして彼らの信奉する神は自由自在に時間をあやつる事が出来ると言います」

「時間をあやつる?」

「ええ、そのままの意味であってると思いますよ。もっともその神を召喚する儀式は貴方たちによって台無しにされてしまいましたが」


 アリスはそう言って残念そうに肩をすくめた。


「時間をあやつるねぇ、それが出来りゃ正しく神の名にふさわしい」


 アレックスはそう言って皮肉げな笑みを浮かべた。

 体内の時間経過速度を操作して、通常以上の速度で行動する魔法は存在する。だが、それはあくまで自分自身にかける魔法で、世界を流れる時間を操作する魔法では無い。


「するってーと、あの黒球はやっぱり神様のパチもんか」

「でしょうねぇ、あるいはその神の眷属か何かだったかもしれませんが」


 アリスは小首を傾げながらそう言った。


「それではアリスさん。貴女はその神の姿を拝むために潜入していたのですか?」


 セシリアの質問に、彼女は照れくさそうにこう言った。


「いやですねー、そんな訳ないじゃないですかー」

「それではなぜ?」


 そう言って眉根を寄せるセシリアに、彼女は満面の笑顔でこう言った。


わたくしのライフワークは神話です。ちょっと神様にお願いして、神々の戦いを見物しようかと思いまして」

「「「……」」」


 そのアバンギャルドな答えに、3人は一斉に口をつぐんだ。

 そして額を突き合わせるかのように集まると、ヒソヒソと話を始めた。


「おいおい、あのねーちゃん尋常じゃねぇぞ、どっかの施設にぶち込んだ方がいいんじゃねぇのか?」

「そうですね、あまりにも危険思想が過ぎます。もしその神様とやらが本当に表れて、彼女の願いをかなえてしまったらこの世界はどうなっていた事か」

「なんなのじゃあの人族は? 魔族でもあんなぶっ飛んだ思考をする者は居やせんぞ?」

「あのーみなさーん、ちゃんと聞こえていますからねー」


 ひそひそ話を行う3人にアリスはブンブンと手を振った。

 アレックスは疲れ果てたと言わんばかりに眉間をほぐしながらこう言った。


「勉強熱心なのは良い事だと思うぜ? だが、ちょーーーっと一般常識って奴も勉強するのはどうだ?」

「あははははー。常識なんて時と場合によってどうとでも移ろいゆくもの、そんな事を頭にいれている暇はありませんよ」


 アリスは満面の笑顔でそう言った。


 ★


「そもそもですね、あやふやすぎるんですよ」


 3人を前にしたアリスの講義が開始された。

 それは遥か太古の話、神話の中に刻まれし神々の戦いについての講義だった。


 伝承によれば、その戦いは光明神ライフォーンと暗黒神ガルダロスとのいさかいが発端であるとされる。

 神々はそれぞれの陣営に分かれ、気の遠くなるほどの年月を戦いに費やした。

 その結果この星は壊滅的なダメージを負い、消滅寸前まで追い込まれた。

 海は枯れ、大地は割れ、天は裂ける。生きとし生けるものは皆肩を寄せ合い、いつ終わるかもしれない神々の戦いにただ祈りをささげるだけだった。


 そして、ついに長き戦いにも終わりの時が訪れた。

 最後に残ったのは互いのリーダーである光明神ライフォーンと暗黒神ガルダロス。

 2柱の神は、最後に残った力を振り絞り、互いに互いの胸に剣を突き立てた。

 そして、全ての神はこの世界から消え去った。

 神々は傷ついた体を癒すため、長い長い眠りに入ったのだ。


「でも、これらの話は誰が書いたかもわからないただの伝承でしかありません。

 わたくしの望みは、この目で、この耳で、その戦いの始まりから終わりまで、全てを余すことなく見届けるのが望みなんです」


 アリスは目を輝かせながらそう言った。


「いやいやいやいや、そんな事それこそ神様にだって不可能だろうよ」


 出来るとすれば元凶であるライフォーンとガルダロスだが、その2柱もとっくの昔に死んでいる。


「そうですよね。そんな事はわたくしにだって分かっています。だけど少しでも真実に近づくため、日夜こうして研究を続けているのです」


 アリスは鼻息荒くそう言ったのだった。

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