第3章 世界の理

第17話 神話と宗教

「けけけ。ほらほら逃げろ逃げろ」

「むきーーーー! 貴様いつか絶対殺してやるのじゃからなーーーー!」

「ミコット様、お口を閉じてください、舌を噛み切ります」


 人里から遠く離れた深山幽谷に迷い込んだ3人は、やっとのことで見つけた奇妙な建築物に遠慮なく入って行った。

 ところがそこは邪教の徒がまつる神殿であり、うっかりと儀式を台無しにしてしまったアレックスは血相を変えた信徒たちに追われる身となったのである。


「にしても、暇人ばっかだな。他にやること無いのかね?」

「さて、私には分かりかねます」


 豪雨のような勢いで飛んでくる魔力弾を遊び半分にかわしながら、アレックスとセシリアは悠長な会話を交わす。

 いや、交わしているのは会話だけでは無い。ふたりの間をポンポンとボールのように飛び交っている存在があった。

 誰であろう、ミコットである。


「貴様ら、いい加減ッ!」

「はぁ、だからお口を閉じてと言いましたのに」

「それを言うならこの扱いを何とかしたらどうじゃ!」


 ミコットは涙を流しながらそう訴えた。


「あー? これも修業の内、修業の内」


 アレックスは意地悪そうにそう笑う。


「絶対違うじゃろこんッ!」


 再び舌を噛んだミコットにアレックスが大笑いしていると、急に空が曇りを帯びた。

 その事にちらりとアレックスが天を見上げると、そこには半径100mは超える大きさの巨大な黒球が浮かんでいた。


「なんだありゃ? あれが奴らの奉じる神って奴か?」

「さて、私には判断付きかねます」


 ただの黒球に見えたその存在は、よく見れば無数の触手が寄り集まってできたものだった。

 そして、その中心部に亀裂が生じ、そこから真っ赤に染まった単眼が現れた。


 単眼はギロリと眼下を睥睨すると、何十もの触手を地面に伸ばしてくる。

 そして、その触手は手当たり次第に、地面にあるものを掴み、自分の体に取り込んでいった。


「おいおい、見境なしだよ」

「そうですね、信徒の皆さんはあれで本望なのでしょうか?」


 アレックスたちを追ってきた信徒はその大半が触手に掴まれて行った。もちろん掴まれたのはそれだけでは無い、木々や岩、野生動物など、触手はあらゆるものを掴んでいった。


「なんかアレ、育ってないか?」

「そうですね、大きくなっている様な気がします」


 黒球は獲物を取り込むたびに、少し、また少しとその体積を増大させていた。


「はぁ、しゃーねぇな」


 アレックスはそうため息を吐くと、足を止めた。

 そして、棒立ちとなった彼に触手がうじょうじょとからみついて来た。


「先ずは視線を合わせやがれ」


 アレックスは、自分の胴ほどもある触手を束にしてかかえ、思い切り引っ張った。

 それと同時に黒球は、一瞬のうちに地面にたたきつけられた。

 その衝撃で地面は大きく凹み、黒球はその半ばまでを地中に埋める事となった。


「てめーに恨みはねぇがよ、これもまぁ自然の摂理って奴だ」


 アレックスは大きく拳を引き絞り、それを黒球に向け解き放った。

 鼓膜が破れる程の大衝撃が巻き起こり、木々は吹き飛び大地は崩れ、山の形が変わる程の一撃が黒球を影も残さず粉砕した。


「まったく、神様ってのも大変だねぇ」


 アレックスはパンパンと手を叩きつつそう呟いた。


 ★


 この大陸では主にふたつの宗教がある。

 ひとつは、主に人族が信仰している光明神ライフォーンを祭るもの。

 ひとつは、主に魔族が信仰している暗黒神ガルダロスを祭るもの。

 前者は、調和と繁栄を。後者は、解放と破壊を司っていると言われている。


「んで、中には良く分からん神を信仰している奴らも居るってこった」


 がやがやと賑やな音が周囲から木霊する夕暮れ時の食堂にて、アレックスは串焼き肉にかぶりつきながらそう言った。


「ああ、十分に良く分かったのじゃ。それで、アイツはいったい何であったのか?」

「さてね? 遥か太古に行われた神々の争いって奴で、世界は一度ぶっ壊れたとかいう話だからな」

「そうですね。神々はふたつの陣営に分かれ争った。そのリーダーがライフォーンとガルダロスであり、その影には無数の神がいたと言われます」

「あの黒球は神々のひと柱だったというのか?」

「さあ? 俺も神? を見たのも殴ったのも、生まれて初めてだからなぁ」

「相変わらず適当じゃのう」


 ミコットは頬を膨らませながらジトリとレックスを睨みつけた。

 そして、神様談義に花を咲かせていると、ひとりの女性が声をかけて来た。


「もし、貴方たちは巡礼にいらしたのですか?」


 アレックスがその声に視線を向けると、そこには修道服に身をくるんだひとりのシスターが立っていた。


「アンタは?」


 アレックスが彼女の胸元に視線を向けると、そこには巻物の形を模した聖印が揺れていた。


「その聖印は、賢神ノレッジの」

「ノレッジ? なんだっけ?」


 アレックスが小首を傾げると、シスターは我が意を得たりとばかりに語り始めた。


「ノレッジ様ですか! ノレッジ様は賢神の名の如く、森羅万象ありとあらゆる知識をお修めなる神様でございます。我らノレッジ様を信奉する信徒は、一歩でもノレッジ様に近づくために、日々知識の探求と魔術の研さんを行い、それを広く知らしめることを美徳としております」

「あーあーはいはい、思い出した思い出した。学者連中が良く信奉している頭でっかちな神様ね」


 アレックスは耳をほじりながらつっけんどんにそう言った。

 だが彼女は、アレックスの無礼な態度に気を悪くした様子もなく、ニコニコとした笑顔でビン底眼鏡を輝かせながらこう言った。


「まぁそれはそれ、これはこれです。わたくしたちノレッジ様の信徒はあらゆる意見に耳を傾けます」


 アレックスは、こいつ人の話聞かねーなーと思いつつ、彼女にこう言った。


「宗教勧誘なら間に合ってるよ、こっちは飯食ってんだ、あっち行ってろ」


 しっしっと犬でも追い払うかのように手を振るアレックスだったが、彼女は全く臆することなくこう言った。


「間に合っている? それでは貴方たちは何の神様を信奉しているのですか?」


 彼女は目をキラキラと輝かせながら3人にそう尋ねて来た。

 そのあまりにも純粋無垢な瞳に耐え切れなかったのはミコットだった。

 彼女はシスターから半分目を反らしながら「暗黒神ガルダロス」と呟いた。


「まぁ! まぁまぁまぁ! 暗黒神ガルダロスでございますか!」

「なっ、なんじゃ、何ぞ文句でもあるのか?」


 ミコットがしどろもどろにそう言うと、シスターは大きく首を横に振り食い入るようにミコットを見つめた。


「いえいえとんでもございません。彼の神を信奉している者はここらでは少数ですわ。

 わたくしがぜん興味が湧いてきました!」


 彼女は鼻息荒くそう言った。


「ちょっ、ちょっと、アレックス! この人族を何とかするのじゃ!」


 目をぎらぎらさせて、今にもミコットに飛びかかってきそうなシスターに対し、彼女は早々に根を上げて助けを求めた。

 それに対しアレックスは、面倒くさそうに首を鳴らした後こう言った。


「アンタのその眼鏡、仕掛けがあるな」


 アレックスがそう言うと、彼女は真顔になった後、冷たい視線をアレックスに向けた。


「それはいったいどういう事でしょうか?」

「はっ、俺は鑑定スキルも持っててな、その眼鏡が曰くつきの眼鏡だって事ぐらい一目でお見通しだ」


 そう言ってニヤニヤと笑うアレックスに、彼女はニヤリと頬を歪めてこう言った。


「それが何か? そんな事よりも、あなたのお連れ様の方が問題ではございませんか?」


 彼女の視線はミコットに、より正確にはミコットの側頭部に向けられていた。

 ミコットはその視線に気が付き、慌てて自分の角を確認した。


「うふふふ。大丈夫ですわ、ディスガイズの魔法は解けていませんわ、魔族のお嬢様」


 彼女は囁くようにそう言った。

 その言葉に、ミコットは顔を真っ赤にして、シスターにつかみかかろうとした。


「おいおい止めとけ止めとけ。お前が勝てるのは小型犬ぐらいなもんだっての」


 アレックスは猫の子を拾うように、ひょいとミコットの襟をつかみ上げた。

 そして彼は、そのままの体勢で、改めてシスターに向き直った。


「で? 結局アンタ何の目的で俺達に話しかけたの?」


 アレックスが疲れた顔でそう言うと、彼女はニコニコとした笑顔でこう言った。


「貴方たち、あの山に隠れ潜んでいた邪教を滅ばしましたね?」

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