第16話 夜明け
奴隷たちの一斉蜂起は、一晩のうちに鎮圧された。
だが、その最大の功労者である衛兵については、最後までその所在が知れなかった。
「何処のどいつだか知らねーがよー。全く無茶苦茶しやがるぜ」
後始末に駆り出された衛兵は、大規模な地殻変動を起こした街並みを見て途方にくれた。
「っていうか、どんな大魔法を使えばこんな事出来るんだ?」
彼らはそう言い頭をひねる。
種を明かせば、アレックスが地面を叩いただけの話なのだが、彼らの常識ではそんな事は推し量る事など出来なかった。
「ところで聞いたか? 事件の首謀者は魔族だってよ」
「ああ、聞いた。やっぱりな、魔族なんて信用できっこないって話だぜ」
「だけど俺は少し同情するぜ、先の大戦から30年、ずっと奴隷としてこき使われてたって事だろ」
「それを言っちゃそうだがよ……」
「こらそこ! 何を無駄話をしておる! さっさと作業に取り掛からんか!」
「けっ、昨夜は意の一番に逃げ出したくせに偉い面しやがって」
口うるさい上司が来た事で、彼らは気の遠くなるような作業に渋々ながら取り掛かった。
★
「う……く……」
「おーう、お目覚めかいトマス。まっ五体満足で何よりだ」
トマスが目を覚ますと、そこは自分のベッドだった。
孤軍奮闘を続けていた彼が負ったダメージは少なくなく、またアレックスの攻撃の余は受けたことで、彼は気絶してしまっていたのだ。
「アレックスさん、反乱は、反乱はどうなったのですか?」
「あー、なんか突然天変地異が巻き起こってな、パーティはおじゃんになったってよ」
アレックスはへらへらと笑いながらそう言った。
「天変地異? いや、アレは……」
「けけけ。理由なんざどうでもいいじゃねぇか、終わり良ければすべて良しって奴だ」
「そ……そう、ですね」
アレックスのはぐらかしの言葉に、トマスは取りあえずその問題は先送りすることにした。
そうして彼らの会話が聞こえて来たのだろう、3人の少女がおずおずとトマスの部屋に入って来た。
「おーう、起きたのかてめーら」
少女たちはアレックスにぺこりと会釈をすると、その横を素通りしてトマスのベッドを取り囲み、甲斐甲斐しくトマスの世話をし始めた。
「けけけ。よーく懐かれてるじゃねーか」
「そうですね」
トマスははにかんだ笑みを浮かべながら、少女たちにされるがままに、おぼつかない手つきの手当てを受けていた。
「さて、取りあえず祭りは終わったが、その後始末は少々厄介だぜ」
アレックスはどかりと椅子に腰かけると、皮肉げな笑みを浮かべてそう言った。
「それは、どういう?」
包帯を代え終わったトマスがそう尋ねると、アレックスはふてぶてしく腕を組みながらこう言った。
「首謀者は魔族だ」
「……そうですか」
トマスは苦虫を噛み潰したような顔をしてそう言った。
この街は貴族を頂点とした強固な階層社会だ、そしてその底辺は奴隷。その奴隷の中でも最下層に位置するのは魔族の奴隷だ。
「ですが、彼らはどうやってギアスを突破したのですか?」
「はっ、あの程度の代物、ちょっとした覚悟さえあればなんてことはない、そして奴らは実際にそうした」
絶対遵守のギアスは、完璧な安全装置の筈だった。だが、その前提が崩れる事は、反乱に参加しなかった魔族にも、疑いの目が向けられる事となる。
すなわち、今ここに居る3人の少女たちにも。
その事が分かったのか、少女たちはトマスの陰に隠れるように縮こまる。
「大丈夫、君たちは僕の家族だ、どこにもいかせやしない」
トマスはそう言って少女たちを優しく抱きしめる。
その光景をぼんやりと眺めていたアレックスは突然こんな事を言い出した。
「よーしおメェら、上着脱げ」
「「「!?」」」
少女たちは突然の申し出に、顔を白黒させてトマスの後ろにさっと隠れた。
「いーから、悪い様にはしねーから、とっとと服脱いで背中見せろ」
アレックスは横柄な態度でそう命令する。
少女たちは、顔を見合わせた後、最後にトマスの顔をじっと見つめた。
トマスはその視線に、無言でうなずいた。
「けけけ。安心しろよ、俺は幼女趣味なんてものは持ち合わせちゃいねーからよ」
上着を胸前に抱えた少女たちは、アレックスに背中を晒す。そこには痛々しいやけどの後――絶対遵守のギアスが深々と刻まれていた。
「かか。そもそもこの程度のおもちゃで縛ろうってのが間違いなんだ」
アレックスはそう言うと、少女たちの背中に手をかざし、一言「ディスペル」と唱えた。
「ひゃう!」
と少女たちが流れ込んできた魔力に悲鳴を上げる。
するとどうだ、少女たちの背中からは魔法陣がきれいさっぱり掻き消えていた。
火傷による背中の引きつけがなくなった少女たちは、かわるがわるに互いの背中を見合った。
「あっ、アレックスさん!?」
「かかか。これでさっぱりしたろ?」
「いっいえ! そッそれはそれで嬉しいのですが……」
「なんだ? 首輪なしの魔族なんか速攻で狩りの対象になっちまうってか?」
アレックスはそう言って無責任に笑う。
「安心しろ、その上から偽の魔法陣を刻む事ぐらい大したことじゃねぇよ。
だが、お前は本当にそれでいいのか?」
「う……く……」
アレックスの全てを見通すような視線に、トマスは言葉を詰まらせる。
その時だった。
「お坊ちゃま大変です! 奥様の具合が!」
その言葉と共に、ノックもせずにセシリアが部屋に駆け込んできた。
★
「ぐ……うぐ……ぐ……」
しとしとと雨が降りしきる墓地で、トマスは血がにじむほど拳を握りしめ、歯を食いしばっていた。
「まったく、あっけねぇよなぁ人生ってのは」
アレックスはボンヤリと曇天を見上げながらそう呟いた。
「母は……母は……最期まで……」
「ああ、そうだな。『お前の好きに生きなさい』それがお袋さんの遺言だ」
アレックスはそう言うと、トマスの肩に手を置いた。
トマスの母は、早死にしたトマスの父の分まで、女手ひとつでトマスを育て上げた。
それは苦労の連続であっただろう。だが、彼女は最後まで不平不満のひとつも言うこと無く、最後まで優しい母親であり続けた。
アレックスはその様子に彼自身の母の面影を重ねていた。
彼の母も、どこまでも優しく、そして強い女性だった。
(勇者の力なんて笑いもんだ、こんなものは破壊しか出来やしねぇ)
アレックスは自嘲気味に口を歪ませると、拳をギュッと握りしめた。
彼の力はなんだってできる。ドラゴンすら一撃で粉砕できるし、海を割り地を裂けることすら可能だ。
だが、体を蝕む病魔を取り除くことは出来なかった。
治癒魔法を使う事は出来たが、それを使っても対処療法にしかならない。
また体に備わった自然治癒力を無理矢理引き出すこの魔法は、対象の体力を著しく消耗させるため、治癒魔法が原因でショック死する例も多かった。
「僕は、この街を出ようと思います」
どれだけの間雨にうたれていただろう。トマスはポツリとそう呟いた。
「そうか」
アレックスはただ一言、そう言った。
「僕は、この子たちと新天地を目指そうと思います」
トマスはそう言って3人の少女たちの頭を優しく撫でた。
少女たちは傘を放り棄て、ずぶ濡れのトマスにしがみ付いた。そして、堰を切ったように泣き始めた。
★
まだ、事件の後始末が終わらない混乱のさなか、アレックスたちはすんなりと街から抜けでる事が出来た。
街から少し離れた三叉路にて、アレックスたちはそれぞれの道へと分かれる事にした。
「それではアレックスさん、セシリアさん、ミコットさん、今までお世話になりました」
トマスは中古の馬車を手に入れ、御者台からそう挨拶をする。
「おーう」
「いえ、こちらこそ」
「ふん、せいぜい精進する事じゃな! その子たちを泣かせたら承知せぬぞ!」
いつまでも手を振り続ける3人の少女たちを見送ったアレックスはやれやれと大あくびをした。
「ホントに大丈夫かしら」
「まっ、何とかなるだろ」
「ほんっっと無責任じゃな貴様は!」
「くくく。少なくともあの小娘共のレベルはお前より上だったぜ」
「んな!?」
「他人の心配をするより、自分の心配をした方がいいんじゃねーかお姫様?」
「きーーーー!!!!」
からからと笑いながら進むアレックスに、ミコットはポコポコパンチを繰り出し、その後を、背嚢を背負ったセシリアは微笑みながらついていくのであった。
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