第15話 受け継がれしもの

「ひっ、だっ駄目だ! こんなの止められっこない!」

「何をやっとるか馬鹿者! 戦線を乱すでない!」

「うるさい! こんなのやってられるか! どうして俺たちがお偉いさんの尻拭いをやらなきゃいけないんだ!」


 反乱軍とかち合った防衛線は混乱状態にあった。

 防衛部隊とはいえ、ひとつの街に駐留している衛兵の数などたかが知れている。それに貴族たちの私兵が加わった所で、結果は同じことだった。

 彼らは、自軍の10倍以上の敵を相手に戦わねばならなかったのである。


「くそっ! 奴ら一体どうなってんだ! こっちの攻撃が全く通じてない!」


 ファナティックの魔法を掛けられた反乱軍は負傷を全く恐れずに、狂気に取りつかれたように突撃を繰り返す。

 防衛部隊からしてみれば、彼らは正に不死の軍団に見えた。


「駄目だ! 俺は抜ける!」

「まっ待ってくれ!」


 櫛の歯が欠けたように、ひとりまたひとりと、戦線を離脱していく。

 その中で、盾を構えて必死に反乱軍へ呼びかけ続けるものがいた。


「やめろ! もう止めるんだ! こんなことしてどうなるか分かっているのか!」


 トマスは喉が枯れんばかりに叫び続けた。だがその声は決して彼らに届かない。

 もちろん、ファナティックの魔法がかかっている事もあるが、彼らは既に限界を突破しているのだ、鎖に繋がれていない者の言葉など、異国の言語の様なものだった。


「やめろ! こんなことしちゃダメなんだ!」


 それでもトマスは叫び続ける。

 理由が何であれ貴族を殺害したとなれば極刑は免れない。

 ひとりでも多くの人間を救うため、彼は盾を持つ手に力を込める。


「ぐあっ!」


 いつの間にか彼の周囲に友軍の姿はなく、孤立した彼は四方から袋叩きにあった。

 絶体絶命の極地。だが、その時彼の耳に、この場にそぐわない間延びした声が届いた。


「あーあ、だーから言わんこっちゃない」


 その声が聞こえたかと思うと、彼は軽々と宙に放り出された。


「なっ!?」


 さっきまで彼がいた場所には、彼の代わりとばかりにひとりの衛兵がだらりと立ち、無防備に敵の攻撃を受け続けていた。


「ったく、先ずは酔い覚ましをしねぇとな」


 その衛兵はコキリと首を鳴らすと。天高く腕を掲げた。

 そして一言。


「ディスペル」


 けだるげな口調で唱えられた魔法効果打消し魔法には莫大な魔力が込められており、彼を中心とした半径100m程の光の輪が広がった。


「あ?」

「ぐあっ!」


 光の輪に飲み込まれた反乱軍たちは、体中に広がる痛みにやっと気が付き、負傷か所を押さえて地面にひざまずく。


「へっ。酔いがさめた所で、力の差って奴を教えてやんよ」


 彼は掲げていた手を一気に地面にたたきつけた。

 それと共に局所的な地震が巻き起こり、先ほどの光輪に匹敵する大きさで地面が大きくくぼみ落ちたのだった。


 ★


「なっなあ。貴様は、あ奴だけ行かしてよかったのか?」

「お坊ちゃまのご命令ですので」


 トマスのお古の衛兵服を着ていったアレックスを見送ったセシリアたちは静かに彼らの帰りを待っていた。


「そんな事言っても、あ奴じゃぞあ奴。何時もダラダラ、グデグデして、戦いなんて全部貴様に任せっきりだったじゃろう」


 オロオロと慌てふためくミコットに、セシリアは少し悲しそうにこう言った。


「お坊ちゃまはこの世の誰よりもお強い方です。私が居ては足手まといになってしまいます」

「あ奴が? あのバカが?」

「はい、あのお方はがです。

 お坊ちゃまは勇者の力を受け継ぎしもの。いえ、ただ受け継いだというだけではございません。

 歴代の勇者、その誰よりも、過剰なまでに力を持って生まれ落ちてしまった方なのです」

「勇者の……力……」


 ミコットがそう呟いた時だった。

 ドアが乱暴に押し開けられ、そこから奴隷服を身にまとい、武装した人たちが流れ込んできた。


「何者です!」


 セシリアはミコットをかばうようにして立ちふさがった。


「おい、あれは」

「ああ、確かに」


 奴隷たちはセシリアの背後に隠れたミコットを見ながら、ヒソヒソと小声で何かを確認し合った。


「不埒者に遠慮はしません」


 セシリアはそう言うと、アナライズの魔法を唱える。


「くっ」


 奴隷たちはピリリとした刺激に、一瞬眉を潜ませたが、開き直ったような笑みを浮かべた。


「貴方たちは……魔族」


 セシリアは読み取ったステータスにほんのわずかに眉根を寄せる。彼ら侵入者は人族の振りをした魔族の集団だったのだ。


(神官レベル57、戦士レベル32、戦士レベル45、盗賊レベル28。ひとりひとりは敵ではありませんが、彼女を傷つけないように立ち回るとなれば少々厄介ですね)


 セシリアは背後に立つミコットの位置に気を付けながら、敵戦力を分析した。

 だが、ミコットはセシリアを押しどけるようにして前に立つとこう言った。


「魔族!? 貴様たちも囚われていたのか!?」


 そう言い、彼らに近づこうとしたミコットの肩をセシリアは素早くつかみ引き戻す。


「落ち着いて下さい。まだ彼らの目的が分かっていません」


 セシリアの言葉に、彼らは下卑た笑みを浮かべてこう言った。


「なあ、アンタはアルスバーンの娘だろ?」

「ああ、そうじゃ」


 ミコットは彼らが発する嫌な気配に、少し震えた声でそう言った。


「くは、ははは。アルスバーン、アルスバーンの娘が何でこんな所にいやがるんだ?」

「そっそれは、色々と事情があってじゃな」


 ごにょごにょと語尾を濁すミコットに、彼らは苛立ちながらこう言った。


「まぁなんでここに居るのかはどうでもいい、アンタ魔族領域に帰れるゲートは持ってんのか」

「……持ってない。持っていたら直ぐにでも帰っておるわ」


 そう、弱々しく答えたミコットに、彼らはあからさまな侮蔑の視線を向けた。


「けっ、使えねぇ小娘だ。

 ならしょうがねぇ、当初の予定通りどこかで馬をかっぱらって帰るしかねぇか」

「貴様たち! さっきから大人しくしていればわらわを誰だと――」

「だから言ってるだろ? 負け犬の総大将の娘だろ」


 彼らは怒りを込めてそう言った。


「取り消せ! 父上は! 父上は行き詰った魔族の為に――」

「だが負けた、それが結果だ」

「ああ、その結果がこれだ!」


 彼らはそう言って自らの首輪に手を掛けた。無数の小さな傷が刻まれた重厚なその首輪はシャリンと小さな音をたてた。


「ただ逃げ帰るのも性に合わねぇ、かといってこの街の領主どもをぶち殺していくにはい時間がねぇ。

 だったらその代わりに、テメェの命をもらって言っても構わねぇよなぁ」

「お待ちなさい。そんな事をして何になると言うのです」

「人族は黙ってろ。これは俺たちの話だ」


 口を挟もうとしたセシリアに、彼らは鋭い視線を向けるとそう言った。


(不味いですね。極度の興奮状態で、行動が支離滅裂です。おまけに彼らの狙いが彼女ならば、庇って戦うには困難)


 セシリアはそう考えつつ、3人の少女とトマスの母が居る奥の寝室の気配を探る。


(今は何とか大人しくしてくれているようですが、私たちが逃げたとなれば腹いせに彼女達へ危害を下すのは避けられない。

 やはり、この場で対処するより他はなさそうです)


 セシリアがそう覚悟を決めた時だった。


「そこにならえ下郎!」


 ミコットはさらに一歩前に出ると、手をひるがえしてそう言った。


「我が父を敗軍の将とさげすむのはよい、それは事実だ。

 だが、その仇を討つどころか、憂さ晴らしにわらわの命を欲すると?

 ふざけるでないッ! 貴様らそれでも誇り高き魔族であるかッ!」


 小さな彼女の一体どこにこれだけの力が隠されてあったのか、そう思うほどに彼女の声には力がこもっていた。

 その裂ぱくの気迫を受けた彼らは一瞬体をすくませる。


「う……く……。

 かまうな! 奴は口だけの小娘だ! とっととやってとっととずらかるぞ!」

「させません」


 セシリアはそう言うと素早くミコットと場所を入れ替わる。


「けっ、そんな獲物で俺たちの相手をしようってか」

「貴方たち如きなら十分な獲物です」


 セシリアは両手にテーブルナイフを構えながらそう言った。


「野郎ども! 構うこたねぇ! その女もまとめてやっちまえ!」

「おーい、粗方片付いたんで帰ったぞー」


 彼らがセシリアに襲い掛かろうとした瞬間、開けっぱなしだった玄関から間延びした声が届いて来た。


「あ? んだよこいつ等」

「ただの狼藉者です、少々お待ちください」

「あっそ、まかした。んじゃ俺は寝るわー」


 アレックスはそう言って大あくびをしながら彼らの隣を堂々と横切っていく。


「てめぇ! 嘗めてんのか!」


 彼らのひとりはそう言って全力の一撃をアレックスへ叩き込む。


「なッ!?」


 だが、その一撃は、アレックスの指先ひとつで軽々と止められた。


「ボロ臭いお古だけどよ、お袋さんが大事にとっていた品なんだ、薄汚い手で触るんじゃねぇよ」


 アレックスはそう言って、攻撃を仕掛けた相手に軽くデコピンをする。それだけでそのものは真横に吹き飛んでいった。


「んじゃ、ホントに後は頼んだぞー」

「ご助力感謝いたしますお坊ちゃま」


 その言葉と共に、セシリアの姿が掻き消えた。

 アレックスの一撃によりあっけにとられていた彼らに、彼女の姿を捕らえる事は最後までできなかったのだった。

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