第14話 反乱
アレックスたちがトマスの家へと帰ったころ、その火は郊外から立ち上った。
ドンドンとけたたましい勢いで薄っぺらい玄関のドアが叩かれ、トマスの同僚が完全装備で姿を現した。
「あーん? 何だよこんな夜更けに」
これから寝ようかと思っていたアレックスは、足早に戻って来たトマスを捕まえそう問いただした。
トマスは血相を変えこう言った。
「反乱です! 奴隷たちの反乱です!」
「なんだと?」
アレックスは目の奥をキラリと光らせそう言った。
★
「燃やせ! 全て燃やしてしまえ!」
奴隷たちは狂気につかれたように、農具を手に持ち手当たり次第に破壊しつくした。
「くはははは、案外楽なもんじゃねぇかスパル」
「はっ、我慢の限界を迎えてたのは俺たちだけじゃなかったって事だな」
ディスガイズによって人族へと変装したスパルたちはニヤリと頬を歪める。
スパルたち率いる反乱軍は農場を襲撃するたびにネズミ算的にその数を増やしていた。
その中で魔族の数は一握りのものだったが、スパルは夜闇に紛れて次々とディスガイズの魔法をかけていった。
「ところで、お前の魔力は大丈夫なんだろうな」
「はっ、安心しろ。俺の神官レベルは57だぜ、そうそう魔力切れなんて起こしやしねぇよ」
スパルはそう言って仲間の心配を鼻で笑う。
彼の余裕の態度には訳があった。彼の使える魔法の中には、対象の魔力を吸い取るマナドレインという魔法があるのだ。彼はそれを使い、人族の奴隷から魔力を奪っていたのである。
「こいつ等は俺たちの盾であり剣であり魔力タンクでもあるって訳よ」
スパルは狂気に踊る人族の奴隷たちの凶行を背後から見ながらそう言った。
また、人族の奴隷たちがこのように攻撃衝動をむき出しにしているのにもカラクリがある。
それはスパルの魔法――ファナティックの効果によるものである。ファナティックを掛けられたものは攻撃衝動を高められ、痛みと恐怖を忘れた狂戦士となるのだ。
「やれ! やるのだ! 俺たちを家畜の如く扱った醜い奴らに目にもの見せてやれ!
正義は我らにあり! 圧制者に復讐を! 圧制者に復讐をッ!」
スパルは衛兵から奪った剣を高らかに夜空に掲げる。
その声は、雑踏の中でも大きく響き、夜闇を切り裂く大咆哮となってスパルに帰って来た。
『圧制者に復讐を! 圧制者に復讐を!』
その怒号と炎は、燎原の火の如き勢いで広がっていた。
★
「くそっ、何たることだ!」
夜空を染めあげる様な煌々と燃え盛る火は、郊外の農場区からルーゲンベリアのいる高級住宅街へと真っ直ぐに向かっていた。
ルーゲンベリアは、自室のベランダからその様子を見て歯ぎしりをしていた。
「ええい! あの程度の反乱とっとと鎮圧せぬか!」
「はっ、既に衛兵たちが防衛線を引く準備をしております!」
「遅い! それに衛兵だけで止められるものか! 組合の私兵はどうした! このさい冒険者共でもいい! 何でもいいからあの耳障りな声を早く止めろ!」
ルーゲンベリアの罵声を受けた部下は、一目散に伝令を伝えに退室した。
この街におけるまとまった戦力はふたつある。ひとつは王国の兵である衛兵、もうひとつはルーゲンベリアたち貴族が抱える私兵だった。
だが、その量戦力を足しても、数の面では反乱軍の圧勝であった。
★
「おいおい、行くのかお前?」
「当然です。僕は街の治安を守る衛兵です」
呆れ顔で、ボリボリと腹をかくアレックスに、出立の準備を整えたトマスは真剣な顔でそう言った。
「やめとけ、やめとけ。奴らが狙ってんのは支配階級の奴らだ、ここら辺は見逃してくれるぜ?」
アレックスはニヤニヤと笑いながらそう言った。
「そんな事は関係ありません。暴力によって自らの意見を通そうなんて間違っている」
「かかか。それを言うなら、奴隷たちは力によって屈服させられてたんだ。
力で押さえつけられていたものは、より大きな力によって押さえつけられる、いたって自然な事だろ?
それにお前さんは奴隷制度には反対だったんだろ? だったら奴らの自立を祝ってやらなきゃな」
「それは……」
アレックスの意地悪な物言いに、トマスは言葉を詰まらせる。
そして、アレックスは眠たげな瞳の奥をキラリと光らせてこう言った。
「聞かせろよトマス、お前の望みはいったい何だ?」
「僕の……望みは……」
トマスは拳を握りしめ、アレックスから目を背け俯いた。
そして、覚悟を決めたのか、キッと顔を上げ、アレックスを見つめ返した。
「僕はこの街が嫌いでした」
そう言ってトマスは語り始める。
「この街は何でも金で片が付く。
悪徳や不正が堂々とまかり通り、それに異を唱えるものは、僕のように隅に追いやられる。
人々はみな、上の顔色をうかがい、汚いものから目を背ける。
この街は勇者アレンが勝ち取った光からは最も遠い所にある街です」
トマスは絞り出すように言葉を重ねる。
「確かに彼らはこの街の犠牲者です。この街の悪徳の被害者です。
ですが、力に酔って行動していれば必ず被害者から加害者になってしまう。
だから僕は彼らを止めなくてはなりません!」
トマスの精一杯の言葉にアレックスはこう言った。
「確かにそうだな。
力づくで反乱を起こした以上、奴らは社会秩序の敵って奴になっちまう。
たとえこの反乱が成功したとしても奴らは何処かで責任を取らさせる。
この街の圧制者とその手下どもを皆殺しにしても、万事解決とはなるまいよ」
「やはり……」
「ああそうだ、事はこの街だけに収まらねぇ。
奴らがこの国の天辺を取らねぇ限り、奴らの望むゴールって奴にはたどり着けねぇだろうよ」
アレックスは遠い目をしてそう言った。
「では行きます。僕は行きます。彼らを止めるために」
「お袋さんや小娘たちを置いてか?」
「……」
「いっとくが死ぬぜ? 奴らは既に行動を起こしている。邪魔する奴に容赦なんかしねぇぜ?」
「……」
「いっちゃ悪いがテメェは弱い。タイマンなら何とかなるだろうが生憎と敵の数は膨大だ、熱狂する奴らを止めるには、奴らの熱を上回る圧倒的な力がいる」
「だったら……だったらどうしろって言うんですか!
僕は彼らに加害者にも被害者にもなって欲しくない!」
口論を重ねる彼らを見る視線が有った、それは静かに話の行方を見つめるセシリアと、苦虫を噛み潰したような顔をするミコット、そして不安そうな顔をした3人の少女たちだった。
そして……。
「お行きなさいトマス」
「母さん……」
「私たちの事は心配しなくてもいいわ、貴方は貴方の心のままに生きなさい」
トマスの母は杖を手によろよろとよろめきながらそう言った。
トマスは、彼の母と3人の少女、彼の家族の顔を順に眺めた後、背をひるがえし扉から出ていった。
★
「はーあ。行っちまったか」
アレックスは大きく欠伸を吐きながら背伸びをする。
「どうしますか、お坊ちゃま?」
「どーするもこーするもありめぇよ。奴は奴の決断をした、決断をしちまったんだ」
アレックスはそう言って肩をすくめる。
「ごめんなさいねアレックスさん、せっかくトマスの事を思って忠告して頂いたのに」
トマスの母は3人の少女たちに支えられながら頭を下げる。
「それで、お詫びついでにもうひとつ頼みごとがあるのですけど」
その言葉に、アレックスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「おいおい、なんだよお袋さん。セシリアを貸せってんのならごめんだぜ?
敵は数百規模、もしかすれば千を超える軍勢だ、ひとりひとりはセシリアの敵じゃねぇが、寄り集まればどんな事故が起こっても不思議じゃねぇ」
「いいえ、お力を貸して頂きたいのは貴方ですアレックスさん」
その言葉に、アレックスはキョトンとした顔をする。
「私は目が見えなくなってから、以前よりも良く見えるようになってきたの。
貴方は強い人だわ、誰よりも、何よりも」
「……」
「私に払えるものなんて何もないけど、その代わりにこのおいぼれの命なら好きに使ってください。
お願いです。トマスを、この街をお救い下さいアレックス様」
トマスの母は、そう言って祈るようにひれ伏したのだった。
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