第13話 勇者の息子と魔王の娘
夕食会は無事終わり、3人はルーゲンベリアの用意した馬車に乗りトマスの家へと帰路についていた。
「貴様は、勇者の息子なのじゃな」
「んー、俺はただの遊び人。ただのアレックスだぜ」
下級層の住宅街に入り、ガタガタと揺れ始めた馬車の中、アレックスはへらへらとした笑みを浮かべながらそう言った。
「それともなんだ? 俺がお前の親父さんの仇の息子だったら、俺を殺そうってか?」
「ふん。わらわを見下すでない。親の事は親の事、子の事は子の事じゃ」
ミコットはそう言ってそっぽを向く。
「かかか、それでいい。どうせお前なんか逆立ちしても俺に勝てっこねぇからな」
「むきー! バカにするでないーー!」
ミコットはそう言って、パンチを繰り出す。だがそれはポコポコと軽い音をたてるだけで、相変わらずアレックスには何の痛痒も与える事は出来なかった。
「しかし、あれでよろしかったのでしょうか?」
「んー、なんだセシリア? 妙にテンション高けぇじゃねーか」
アレックスはそう言って意地悪そうな笑みを浮かべこう続けた。
「まっ、奴隷制はこの街に根深くからみついてる問題だ、それを解きほぐすのは一朝一夕の話じゃねーってこった」
アレックスはそう言って肩をすくめる。
「それは十分に承知しておりますが……」
セシリアは不承不承と言った感じでそう言った。
自分程度の力では複雑に絡み合ったこの問題を解決することはできない。だが、人知を超えた力持つ主ならば、その結び目を一刀両断出来るのでは? とも期待するのだ。
アレックスはその視線の意味に気が付きながらも少し寂しそうな笑みを浮かべる。
確かに、彼の力ならば、ルーゲンベリアを始めとした奴隷商たちを皆殺しにすることは簡単な事だ。
だが、その後に訪れるのは血塗れの大混乱だ。
完成している社会システムの一部を破壊すれば、どこへ歯車が転がっていくのか神にすら分からない。
最低限の衣食住を保障されている奴隷たちは何処に行けばいいのか?
奴隷たちに頼り切った経営をしていた主たちはどうすればいいのか?
王都では十分な周知期間と補助制度を経て奴隷解放はなされた。だが、それを無視し続けていたこの街では、脛に傷を持つものとして同じことを王都に願うと言う訳にはいかない。
「まっ、わらわは魔族が関わらなければどうでもいい話じゃがな」
ミコットは真っ赤になった手をさすりながらそう言った。
その言葉に、アレックスはキシリと足を組み直す。
(あん時の競りじゃ、五体満足で生きのいいってのが売り文句だった。
逆を言えば、五体不満足で生きのよくない奴は、少なからず市場に流れてるって事じゃねぇのか?)
人族の仇である魔族、多くの人族を殺めた敵。それを奴隷として買い取ってどうするのか。
単なる労働力として買い付けるならそれでいい、最低限命だけは保障される。
だが、それ以外の目的で買い付けられれば?
一方的な正義の名のもとに、どんな凄惨な出来事が繰り広げられるか、想像するだけで胸糞が悪くなることは確かだった。
★
「それは確かか?」
「ああ、遠目だが俺は確かに見た事がある」
馬小屋の隣に作られた最低限天井と壁だけはある小屋とも言えない小屋で、数人の魔族たちが声を潜めながら会話を行っていた。
「確かにアルスバーン様のご息女だったのだな?」
「様付けなんてする必要はない、奴は所詮負け犬だ」
「そうだ。奴は負け、逃げ遅れた俺たちはこうして人間どもの家畜扱いだ」
彼はそう言って、忌々しそうに首輪から伸びる鎖を握りしめた。
「だがどうする? 俺たちには忌々しい呪いがかけられている」
彼らには、それぞれ背中に大きく焼きごてで魔法陣が刻まれてあった。
その魔法陣の抗力は絶対遵守。
これがある限り、人族に抵抗することは許されていなかった。
「こんなもの何でもない。幾らでも破る方法はある」
彼はそう言って拳を握りしめた。ただ、その指先は醜くただれ、根元から爪が抜き取られていた。
「今更、傷のひとつやふたつ増えたからと言って何になると言うのだ。俺たちは誇りある魔族だ、体の傷など俺たちが受けた屈辱に比べればどうという事も無い」
「そうだな。だが、いつ決行する? 少人数が決起した程度では即座に鎮圧されてお終いだ」
「はん。奴隷ならば腐るほどいるだろう、人族の奴隷共も巻き込んでやればいい」
彼はそう言って鼻を鳴らした。
「人族の奴隷共か? 奴らが大人しく俺たちに従うと思うか? 直ぐに裏切るのではないのか?」
「安心しろ。俺は
彼はそう言ってニヤリと頬を歪める。
「そうか、やるか」
「ああ、やろう」
呟きは、静かに熱を帯びていく。
彼ら魔族は人族よりも長寿の種族だ、故に彼らを買ったもの達は、使い減りのしない労働力として労苦を与えて来た。
だが、彼らのように労働力として買われた者たちはまだ良かった。
好事家により性道具として買われたもの、単なる憂さ晴らしとして買われたもの、それらの生活は正に地獄の一言だった。
大戦後から30年、たまりにたまった彼らの不満は当の昔に臨界点を突破していた。
「ではやるぞ」
「おう」
彼は歯が欠けないように捩じった布を口に咥えた。
「ぐ……」
苦悶の声が布の隙間からこぼれ落ちる。
魔法陣は皮膚を超え、背筋にまで刻まれている。
それを抉るのは、隠し持っていた尖った石。
切れ味という立派な言葉さえ望めないその刃で、背中に大きく刻まれた魔法陣をめちゃくちゃに刻み壊していく。
「耐えろ、耐えてくれ」
施術を行っているものは、まるで自分自身が傷つけられている様に涙を流しながらそう言った。
彼は、滴り落ちる脂汗を拭うこと無く、ひたすらにその手術が終わるのを待つ。
そして、手術は終わった。
彼の背中には、魔法陣の代わりに、彼らの信奉する暗黒神ガルダロスの文様が深く深く刻まれていた。
「ぐ……ぐ……」
「おい! 大丈夫か!」
「でかい声……だすんじゃ……ねぇ」
彼は息も絶え絶えといった様子で、声をかけてきた相手の肩を掴んだ。
そして、ニヤリと頬を歪めてこう言った。
「巡るぜ、魔力が巡る」
魔法陣が破壊された事で、彼は本来の力を取り戻したのだ。
「おお!」
「次はお前らの番だ、背中を向けろ」
彼の声に従い、他の魔族は一斉に服を脱ぎすて背中を晒す。
「安心しろ、一瞬ですむ。俺とは違ってな」
彼は自嘲じみた笑みを浮かべると、呪文詠唱を始めた。
彼の指先に魔力が籠り、それと共に、漆黒の炎がとぐろを巻き始めた。
「暗黒神ガルダロスよ! 我、スパルの名において願い出る! 汝の敬虔なる信徒に力を!」
黒炎の蛇が、彼の手から解き放たれる。
蛇は居並ぶ彼らの背中を焼き、深くその証を刻み込んだのだった。
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