第12話 夕食会2

 メインディッシュが終わり、コースも終盤に差し迫ったころ、アレックスはこう切り出した。


「ところで、ルーゲンベリアさんよ。あんたいつまで奴隷商売やるつもりだ?

 この国じゃご法度だって事、知らないとは言わせないぜ?」


 アレックスはサラダにフォークを差しながら何気ない口調でそう尋ねる。

 その質問に対し、ルーゲンベリアは何食わない顔でこう答えた。


「いえいえ、それは前王が突然出したお触れでしょう。我々にだって生活がある、そんな事をいきなり言われても、おいそれと簡単にはいきませんよ」

「かかか。そのお触れが出されたのは、20年は昔の話だぜ? 昨日今日って話じゃねぇ」

「いえいえ、南部の生活に奴隷は欠かせません。我々は王国の食糧庫として膨大な農地を抱えているのです、彼らと言う貴重な労働力無くしてはそれもままなりませんよ」


 ルーゲンベリアはにこやかにそう言った。


「貴重な労働力ねぇ」


 アレックスは、皮肉げに鼻を鳴らした。

 街の至る所で視られた奴隷たち。彼らはボロ布一枚を身に纏い、首輪に足かせを付けられ、いつも鎖の音を鳴らし、俯きながら歩いていた。


「ええそうです。彼らの存在はこの街に深く根付いております、今更引き離す事など不可能です」


 ルーゲンベリアはそう言って、ゆっくりとワインを喉に流し込んだ。

 この街は極度に階級が固定された街である。上部は富み続け、下部はひたすらに搾取される。

 そんな中で、上を見る事が出来ない人は何処を見るか? それは下だ。

 自分は辛い生活を送っているが、自分よりもなお下が居るという事で安心感を得るのである。


「まっ、お前さんの言い分も良く分かった。だが、現状アンタがやってんのは闇取引だ、お上の目に留まらないうちに手を引いとくのが賢いやり方って奴じゃねぇのか?」

「お上? お上とは一体誰の事ですかな?」


 ルーゲンベリアはそう言って小鼻を鳴らす。

 接待漬けや賄賂漬け、あるいは弱みを握る事により、この街の行政機関は既に彼の手の中だ、ルーゲンベリアの悪行がこの街の境を超える事などありはしない。

 それを踏まえたうえでアレックスはこう言った。


「お上っていったら、王城の奴らだよ。前王はカリスマあふれる王だった。なんせ元勇者様だからな」


 アレックスは皮肉げな笑みを浮かべた後、こう続ける。


「そのカリスマあふれる王が出したお触れの中でも、最大級にインパクトのあったお触れが奴隷解放宣言だ。何だっけ? 『何人たりとも人間の尊厳を奪う事は出来ない』だっけ?。

 次の王が何処のどいつになるのか知ったこっちゃねぇが、それを弄るとなれば、そいつの人気はがた落ちだろうよ」

「はたして、そうですかな?」

「んーん?」


 ルーゲンベリアの言葉に、アレックスは小首を傾げる。


「私は、ガルスタイン卿とも親交がありましてな」

「……奴と?」


 クーデターにより自分を殺害しようとした男の名前が出て来て、アレックスは眉間にしわを寄せる。


「ええ、かの御仁は徹底した合理主義者です。そして彼は、人の扱いというものを良く知っている」

「解放宣言を反故にすると?」

「ふふふ。大戦では多くの人民が犠牲となりました、それ故に現在は何処に行っても労働力不足です」

「まぁ、そりゃーそうだろうがよ」

「お分かりでしょう? 今、この国、いや、この大陸では労働者というのは最大の商品なのですよ」


 ルーゲンベリアはそう言って目を輝かせる。


「それは分からんでもないがなー」


 そして、一旦腕組みをして考え込んだあと、彼はこう言った。


「けどやっぱりだ、今現在前王のお触れが無効になっている訳じゃねぇ、お前さんのやっていることは違法行為だ、ルーゲンベリアさんよ」

「では、あくまで私を訴えるという事ですか?」

「それが国民の義務って奴だろ?」


 アレックスは肩をすくめながらそう言った。

 ルーゲンベリアは、眠たげな眼をしたアレックスの目をしっかりと覗き込んだ後、こう言った。


「分かりました」

「んーへ?」

「分かりました、と言ったのです。私も時代の変化についていけなければ商人失格ですからね」

「おっ、おう、そうだな」


 あまりにも物分かりの良いルーゲンベリアに、アレックスは肩透かしを食らった様になった。


「最近の労働力不足というのは、思った以上に深刻でしてね。実の所、奴隷を集めるのにかかるコストというものも馬鹿にならないのですよ」


 ルーゲンベリアはそう言って肩をすくめる。

 そして彼はこう続けた。


「人族の奴隷の時代は終わりました、これからは魔族の奴隷の時代です」

「何を好き放題いっておる!」


 それまで一言も発することなく、苦虫を噛み潰したような顔をして食事を続けていたミコットが初めて口を開いた。

 その様子に、ルーゲンベリアはほんのわずかに眉を動かした。


「貴様たち人間が人間をどう扱おうが知ったことでは無い。

 じゃが!

 その下らないシステムに、魔族を取り込むのは我慢ならん、不愉快を通り越して宣戦布告ものじゃ!」

「おやおや、それはおかしなことを。それではまるで貴方は人族では無いかのようではないですか」


 ルーゲンベリアはゆっくりと口の端を歪めながらそう言った。


「わらわが魔族だろうが、人族だろうが関係ないと言っておるのじゃ!

 貴様の所業が魔族領域に伝われば新たな戦乱の火種になるぞ。その程度の事が分からない頭でもないじゃろうが!」

「ははは。例え魔族領域に伝わった所でどうなりますか? 大魔王無き今の魔族などただの烏合の衆、恐れるに足らずと言った所です。

 それに、敗者は勝者に従うもの、これは大自然の摂理と言うものです」


 ルーゲンベリアは愉快そうに笑った。

 

「貴様! 言って良い事と――」

「まーまー、熱くなんなよミコット」


 アレックスは、ワインのおかわりを頼みながら口を挟んだ。


「大体だ、ルーゲンベリアの言い分にも一理あるぜ、ここは主戦場からは外れた南部の地だ、もう一遍大戦がはじまったとしても、直接ここに攻め込むようなバカは居ねぇ筈だ」


 大陸東部に位置する魔族領域から人族領域へと攻め込むとなれば、北部の平原からというのが定石だ。

 深い森と峡谷によって阻まれた南部は大軍を運用するには不向きすぎる。


「貴様はいったいどっちの味方なのじゃ!」

「俺か? 俺は俺の味方だよ、日々面白おかしくすごせりゃそれに越したことはねぇ」


 ニヤニヤと笑うアレックスに、ミコットは歯を食いしばり目じりをぼやけさせる。

 

「確かに、前国王の出したお触れには、魔族については書かれてなかった。

 奴さんがそこまで頭が回らなかったのか、誰かに邪魔されたのかは知らねぇがな」


 アレックスはそう言ってグラスを傾ける。


「なぁ、ルーゲンベリアさんよ。

 ……勇者とは何だと思う?」


 コトリと、グラスを置いたアレックスは、静かに、だが深くそう言った。


「勇者とは人類の守り刀、闇を払う光の戦士です」


 その教科書通りの答えに、アレックスは冷笑を浮かべてこう言った。


「違うな。勇者とは、人族の中でもっとも多くの魔族を殺戮した者に与えられる忌み名だ」

「そっ、それは不敬ですぞ!」

「不敬もくそもあるか、これは純然たる事実だ」


 アレックスは眠たげな瞳の奥に、静かな青い炎を揺らめかせながらそう言った。


「万の兵を殺し、百の将を殺し、終いには大魔王も殺した。

 奴は殺して殺して殺しつくした。

 確かにそんな殺戮機械が、今更『魔族の尊厳を』なんて言ってもお笑い草だ。

 だが、奴の真の望みは何だったのか、お前は考えた事はあるか?」

「……」


 アレックスの問いにルーゲンベリアは口をつぐむ。


「まっ、勿論俺にもそんな事は分からねぇ」


 アレックスはそう言って肩をすくめる。


「だが、奴が真の殺戮機械ならば。心の底から魔族を嫌悪し、憎悪し、忌み嫌うなら。その殺戮が、高々大魔王程度を殺した程度で止まるとは思えねぇ。

 魔族のひとり残らず根絶やしにするまで剣を振るった事だろうよ」


 アレックスの物言いには有無を言わせぬ迫力があった。

 ひとつの種族を殲滅する、そんな狂気に満ちた所業をなすことが、自分ならば可能だとでも言いたげな様子だった。


「貴方は、貴方はいったい何を言いたいというのです」


 ルーゲンベリアは声を震わせながらそう言った。


「けけけ。俺の言ってることは最初からひとつだよ、奴隷商売なんてもんから手を引いてくれってだけさ」


 アレックスはおちゃらけた顔で、肩をすくめながらそう言ったのだった。

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