第11話 夕食会1

「なに? 奴らが競り市に?」

「はい、その時に言伝を預かっております」


 魔族の少女たちを競り落とした際に。アレックスは競売人に対してこう言った。


『この金は迷惑料込だ、怪我させちまった奴らには謝っといてくれ』


「ふん、多少は物の仕組みが分かっているか」


 アレックスからの伝言を聞いたルーゲンベリアは、そう言って椅子を軋ませた。

 競り市を乱された彼だが、彼は何も損はしていない。それどころか予想を上回る利益を上げているのだ。

 その金の輝きの前には、名前も知らない三下連中が受けた被害など微々たるものだった。


「奴らがどうやってあの品々を手にしたのか興味はあるが。奴らが客となると言うのならば話は別だ」


 ルーゲンベリアはそう言って頭の中で算盤をはじく。

 護衛のメイドは酷く腕が立つという。ならば、彼らと真っ向から事を構えるのではなく、客として付き合っていけばいい。

 数々の希少品を手に入れたルートに関しては、長い目で見ておいおいにという事だ。


「ならば、こちらとしても、それ相応のもてなしをせねばな」


 くだらない行き違いによって、いさかいごとから始まってしまった関係だ。その誤解を解いて早々に双方にメリットのある関係を構築しなくてはならない。

 ルーゲンベリアはそう決断し、アレックスたちを夕食会に招待することにした。

 そして、その事を部下に伝えると、意外な言葉が帰って来た。


「なに? 奴ら衛兵の家に泊まっている?」

「へい。トマスとかいう跳ねっ返りで。以前からウチの商売にケチ付けていた奴です」

「そのトマスとかいう男には、そんな金づるが付いていたのか?」

「いえいえ、滅相も無い。奴はただの貧乏人でさぁ」


 部下の報告に、ルーゲンベリアは眉間にしわを寄せた。

 彼にはアレックスの行動が全く読めなかったのである。


「まぁいい。私が興味あるのは奴の金だけだ。奴がどんなめでたい脳みそをしていようが関係ない」


 こうしてルーゲンベリアは、細かい事は頭の隅に追いやって、一先ずは友好的な関係を抱くためアレックスたちを夕食会に招待することにしたのだった。


 ★


「ほーん。夕食会ねぇ」

「はい。いかがいたしましょうかお坊ちゃま」


 夕食会の招待状を受け取ったアレックスは、耳の穴をほじりながらその紙に視線を落とした。

 上質なその紙には蜜蝋によって封がなされ、紙面には丁寧な字でアレックスたち3人を夕食会に招待する事が記されてあった。


「招待されたのは俺達3人か」

「その様ですね」


 アレックスはしばらく考えた後こう言った。


「まっ、ここに居ても暇でしょーが無い」

「では、招待をお受けするという事でよろしいのですね?」

「ああ、お前の料理より立派なものが出て来るかは知らんが、話のタネに行ってみるか」


 アレックスは欠伸交じりにそう言った。


「そんなアレックスさん! 相手はルーゲンベリアですよ!」

「なんだトマス。お前も行きてぇのかよ?」

「違います! 敵はこの街を牛耳る巨悪です! そいつの懐に入りに行くのですかと言っているのです!」


 トマスは口角泡を飛ばしてそう言った。

 彼にしてみれば、自分の理解者であるアレックスが、敵と友好関係を築くのに納得がいかなかったのだ。


「けけけ。安心しろよ、お前にとって悪い様にはならねぇさ」


 アレックスはそう言って意地の悪い笑みを浮かべた。


 ★


「ここが、ルーゲンベリアの家。ふん、いかにも成金趣味の家じゃの」


 重厚な鉄扉から続く、四季おりおりの花が植えられ、あちこちに彫刻が乱立する華美な庭園を見て、ミコットはそう鼻を鳴らした。


「あっ、そーか。お前も一応姫さんだったな」

「一応ではない! れっきとした姫じゃ! 姫!」


 アレックスは、ガルガルと食って掛かるミコットを片手でいなしながら、ダラダラとした歩調で玄関へと進んだ。


「お待ちしておりましたアレックス様。主のルーゲンベリア様がお待ちです」


 モノクルを掛けた壮年の執事と背後にたち並ぶメイドたちは、彼の挨拶と共に一斉に腰を折り曲げた。

 アレックスは鷹揚な態度で、片手をあげて「おう、飯食いに来てやったぞ」と言った。


 それからアレックスは執事の案内に従って、屋敷の中へと迎え入れられた。

 屋敷は庭と同じく様々な調度品が並べられた豪華絢爛な代物だった。


「けけけ。奴隷商ってのは随分と羽振りがいいんだな」

 

 アレックスはそれらの調度品を横目で眺めながらそう言った。


「いえいえ、お恥ずかしい限りです」


 執事は、当然の事とばかりに、前を向いたままそう答えた。


「坊ちゃま、この方は中々出来る人物の様です」


 セシリアはアレックスにそう耳打ちをした。

 彼女は、執事の立ち振る舞いから、彼が腕の立つ人間だと見て取ったのだ。


「そう言う事もあろうな」


 アレックスはさして興味もなさそうにそう言った。自信満々に招待状をよこして来たのだ、それ位の準備は想定内だ。


(腕は立つだろうが、セシリアを上回るってほどじゃねぇな)


 セシリアの戦士レベルは86。これは人類の限界値が99と言われていることを考えれば、ほぼ最上位の戦士であることを意味している。


(まっ、今日は別に喧嘩をしに来た訳じゃねぇ、ただ飯を食いに来ただけだ)


 アレックスは欠伸をかみ殺しながらそんな事を考えていた。


 ★


 執事によって案内された扉を潜ると、そこには立派な長机が置かれた食堂だった。


「やぁやぁ、本日はようこそお越しくださいました、アレックス王子」


 ルーゲンベリアは椅子から立ち上げると、そう言って大仰に頭を下げる。


「けけけ。俺はよっぽどその王子に似てるらしいな。だが、残念ながら同名の別人だぜ?」

「ふふふ。そうですか、そうですか、ではそう言う事にしておくとしましょう」


 ルーゲンベリアは細眼鏡の奥にある目を鋭く引き締めながらニヤリと頬を歪めた。


「さてさて、立ち話もなんでしょう、先ずは席にお座りください」


 ルーゲンベリアの言葉と共に、傍に控えていたメイドたちが音も立てずに椅子を引いた。


「おう、楽しみにしてるぜ」


 アレックスが慇懃無礼な態度で、どかりと椅子に腰かけると、セシリアとミコットもそれに続いた。

 それを合図に、部屋の隅から優しいピアノの音が流れて来て、メイドたちが食前酒をテーブルに用意した。


「ウイルモットの63年ものです。この年は当たり年でしてな、お口に合えばいいのですが」

「けけけ。酒ならどんなものでも大好物だ」


 アレックスは何の警戒も持たずに、用意された酒に口を付ける。

 そのあまりにも無防備な様子にルーゲンベリアは一瞬表情を固まらせるが、すぐさま笑顔の仮面を被りなおした。


「ふむ、なかなかいけるじゃねーか、気に入ったぜ」

「そうですか、それは結構です。よろしければお持ち帰りになりますか?」

「おう、もらえるものは何でももらうのが信条だ、遠慮なく貰っとくぜ」


 アレックスはグラスを傾けながらそう言った。


「それでいかがですか、アレックス様、この街のご感想は」

「けけけ。そうさな、力有る奴には生きやすい街じゃねーの?」


 アレックスがトマスの家に滞在してから3日たつ。その間、セシリアと交代でブラブラと街を散策して得た感想はそれだった。

 この街は階級がきっぱりと別れており、ルーゲンベリア宅がある高級住宅街とトマスらが住む下級住宅街とでは、まるで別の街のように何から何まで違っていた。

 貿易で賑わう街であるが、その富の大半は上流階級へと流れ、一般市民はそのわずかなお零れを分け合って生活をしているのだ。


「ははは、そうとも言えますな。我々のように力有るものにとってこの街は楽園でございます」


 ルーゲンベリアは我々という言葉を使い、アレックスもこちら側だと強調した。

 たしかに、億という金を気前よく払えるアレックスは力有る側だった。まぁ、現在彼らは無一文の居候状態なのだが。


 食事は次々と運ばれ、彼らはとりとめのない話を繰り広げた。

 ルーゲンベリアはアレックスが王子本人である証拠を回りくどく挿し込んできたりしたが、アレックスは開き直って他人の振りをしたのだった。

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