第10話 家族
「取りあえず、この場を乗り切る方法ならあるぜ?」
アレックスはニヤニヤと笑いながら、青年にそう言った。
「なに?」
青年がいぶかしげな顔をするのを他所に、アレックスはセシリアへと目をやった。
セシリアはその視線に頷いた後、競売人の方へとくるりと向きを変えた。
そして、彼女の良く通る声が競り市へ木霊する。
「10億です」
ザワリと場内にどよめきが走った。先ほどまで競り値は1000万を超えるか超えないかの所で争っていたのだ。
そこにいきなり、桁違いの値段を提示された競売人は一瞬言葉に詰まった。
「10億! 10億です! 他にいませんか!?」
場内は固唾を飲み込むように静まり返る。
一般的な少女奴隷の価格が数百万、魔族と言う希少性を鑑みても、その値は破格の値段だ。それだけの金があれば、親子三代死ぬまで遊んで暮らせる金だった。
「10億! 10億です! これにて決定といたします!」
競売人は興奮しきった様子でベルを鳴らす。
場内からは割れんばかりの拍手と喝采が木霊した。
「あっ……貴方は」
「けけけ、言ったろ? 俺の事はどーでもいいと」
アレックスはそう言って意地悪そうな笑みを浮かべた。
★
「母さん、帰ったよ」
競り市が終わり、3人の魔族少女を引き取ったアレックスたちは青年の家にお邪魔していた。
「お前さんの家族ってのはこの人か?」
質素なその家には、青年の他にはひとりの人物がいた。その人は青白い顔に優しげな微笑みを浮かべながら、アレックスにこう言った。
「あら珍しい、トマスのお友達かしら。ごめんなさいねこんな格好で」
「けけけ、いーってことよお袋さん」
トマスの母は病床にふっしていた体を起こそうとしたところを、アレックスにやんわりと止められる。
「母さん。報告があるんだ」
トマスはそう言って、3人の奴隷少女を母親の前へ連れて来た。
少女たちは無言で彼のうながしに従った。
「今日から家族が増える事になったんだ」
トマスは少し怯えた、だが、覚悟のこもった声でそう言った。
「そう、あなたが決めた事ならば、母さんは、文句は言わないわ」
トマスの母はそう言って弱々しい手を3人の少女の前に差し出した。
「さ、母さんに挨拶を」
柔らかく暖かい声で、トマスにそう言われた3人は、おっかなびっくりとした手つきでその手に自分の手を重ねた。
「ごめんなさいね、少し顔を触らせてもらっていいかしら。わたし、もう目がほとんど見えないの」
トマスの母は、そう言って暫く待った。
少女たちは、小声で相談し終わった後おずおずと彼女の手を自分の顔へといざなった。
「可愛らしい顔をしているわ。そう、私に娘が出来たのね」
トマスの母は、ゆったりとした口調でそう言った。
★
トマス親子が新たな家族を迎えている少し離れたその後ろで、3人はその様子をぼんやりと眺めていた。
「わらわが言うのもなんなのじゃが、本当に良かったのか?」
「けけけ。どこぞの道楽親父の慰み者になるよりよっぽどましだろ?」
「それはそうであるのだが……」
ミコットはそう言って複雑な顔をした。
「俺らの旅にこれ以上の扶養家族を抱えるのは面倒くさいからな、奴が世話をするってんならそれでいいじゃねぇか」
「まったく、相変わらず無責任な男じゃのう……って扶養家族ってわらわの事か!?」
むきーと尻尾を逆立てるミコットに、アレックスはからからと笑った。
「まっ、余った金はトマスの野郎に預けてある、暫くは平気だろ?」
「おかげで、我々は無一文になりましたが」
セシリアはそう言ってそっけない顔を浮かべた。
千年樹の瞳を始めとしたアイテムを売った金の大半は競売によって消え、残りの金は当面の生活費という事でトマスに譲渡したのだ。
「派手なことしなけりゃ、当面は不自由なく暮らせる金だ。地味そうなあの男なら大丈夫だろ」
アレックスはそう言って背伸びをする。
そこにトマスが話しかけて来た。
「今回の事は何から何まですみません。お金は何時から必ず」
「けけけ。衛兵の安月給で払える額じゃねーだろ。どうせあぶく銭だ、端から期待なんざしてねぇよ」
アレックスはそう言って意地悪そうな笑みを浮かべる。
「そんなつまんねぇ心配なんぞしてねぇで、てめえはてめえの今後の事を考えな」
「……はい」
トマスはそう言って神妙に頷いた。
ただでさえ街を牛耳る商会に目を付けられている身。
その上何かにつけて目立つことこの上ない魔族の少女を引き取ったとなれば、彼の今後の人生は平凡なものからは程遠い事になるであろうことは明らかであった。
「ところで、お袋さんの容体はどうなんだ?」
「医者にかかれる金もなく、ただ弱っていくのを見続けるだけで……」
トマスはそう言って沈んだ顔をする。
そんな彼に対してアレックスは冷酷にこう言った。
「おそらくは、例の流行り病だろうな。残念ながら治療法なんざありはしねぇ」
「……」
「俺の親父とお袋も、それに罹ってぽっくりと逝った。
まっ……最後はあまり苦しまずに行けるってのは不幸中の幸いだったがな……」
アレックスはそう言って遠い目をした。
トマスはその忠告を黙って聞いていた。
★
「えっ!? 貴方はアルスバーン様の!?」
「くくく。そうじゃ! わらわこそ大魔王アルスバーンが嫡子! ミコット・フォルモンドなるぞ!」
3人娘が驚きの声を上げるのを良い事に、ミコットは鼻高々と言った様子で、無い胸を大いに張った。
「どうして、どうしてアルスバーン様の嫡子である貴方が、この様な所にいらっしゃるのですか?」
「むっ、ぐっ、そっそれは、深い事情があってだな……。
そう、わらわは、次代の大魔王となるべく、お供と共に、旅を続けておるのじゃ」
「人族のお供と人族領域をですか?」
「そっ、そうじゃ!」
驚きが別の種類の驚きに代わり、ミコットはしどろもどろにあること無い事吹き込んでいく。
「なんかあっちはあっちで面白そうだな」
アレックスは窮地に追い込まれるミコットを見て意地悪そうな笑みを浮かべる。
「しかし、あの嬢ちゃんたちも素直そうな子で良かったじゃねぇか」
「ええ、最初は警戒されていましたが。誠心誠意話すことによって、何とかこちらの事情を理解してもらえました。
しかし、あちらの少女があの大魔王アルスバーンの娘……ですか」
トマスは3人娘と会話を交わすミコットを見て複雑な表情を浮かべる。
「けけけ。てめえの理論だと、子供に罪はないんだろ?」
「それはもちろんです」
トマスは表情をキリリと引き締めそう言った。
そうしているうちに、買い物に出ていたセシリアが戻ってくる。
「まったく、この街は物価が高いですね」
「おーう、セシリア、お疲れさん」
「お待たせいたしましたお坊ちゃま。それではさっそく食事の準備に取り掛からせていただきます」
「台所をお借りします」セシリアはそう言って、トマス家の厨房へ入っていく。
3人は、環境が激変したトマス家の様子を見る為、用心棒として、しばらくここに滞在することにしたのだ。
「しかし驚きました。セシリアさんがあれほどお強い方だとは」
「まっ、てめーも精々頑張るこったな。
けどこれで安心して仕事に打ち込めるってもんだろ?」
アレックスはそう言って意地悪そうな笑みを浮かべる。
セシリアの実力を理解してもらうため、アレックスはセシリアにトマスと軽い手合わせをするよう命じたのだ。
トマスの戦士レベルは18。衛兵としては上出来の部類であるが、レベル86のセシリアと比べると段違いに見劣りする。
「はい、それはそうですが……」
トマスはそう言って言葉を濁す。
ある意味で競り市を台無しにした彼らの行いは広く街中に知れ渡っている。
現在でさえ上司から目を付けられているのに、この様な事になってしまっては、はたして衛兵の仕事を続けられるものなのか、トマスは心配でならなかった。
「かかか。そこまではめんどー見切れねぇな。俺はテメェの師匠でもなんでもねぇ、ただの酔狂な遊び人だ」
「はい、アレックスさんには返しても返しきれない恩があります。
ですが……その……アレックスと言う名は……」
放蕩王子アレックスの名は広く国内に広がっている。
そして、そのアレックスが誅されたという事も。
「かかか。例のぼんくら王子とは他人の空似って奴だ。俺が奴だったら名前すら変えずに生きていると思うか?」
「そ、そうですよね」
トマスは安堵したように胸に手を置いた。
まぁ、実際の所は、アレックスが極度の面倒くさがりだったという、しようも無い話なのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます