第9話 奴隷

「なに? うちの奴らがやられただと?」

「へい、どうやらよそ者の冒険者に手を出したみたいで」


 部下の報告を聞いた細眼鏡の男は、神経質そうな顔を不快に曇らせた。


「よそ者か、そいつらはまだこの街にいるのか?」

「へい、見張りを付けてあります」

「そうか、お客さんだからと言って遠慮することはない、この街の流儀というものを教えてやらないとな」

「へい、門番には既に話を通してあります。奴らがこの街から外に出る事は不可能です」


 男は、その答えに満足そうにうなずいた。


 ★


「うーむ、奴隷のう。時代遅れなものをやっておるのじゃな」

「え? なんだ? 魔族領域では奴隷ってないのか?」


 アレックスがそう聞くと、ミコットは誇らしげにこう言った。


「ふっふーん。当ったり前じゃ、奴隷など幾らいても手間と金がかかるだけ、そんなものは当の昔に父上が廃止しておるわ」

「はーん、そうなのか。俺はてっきり奴隷の本場は魔族領域かと思ってたぜ」

「ふん、忠誠心の無い駒など幾らそろえても無駄なだけ。戦のやくにたちはせん」


 ミコットはそう言って鼻で笑う。


「なんだか、色々とカルチャーショックだな」

「そうですね、ハッキリ言って意外でした。

 魔族とは力こそすべての野蛮な生き物、と言う大戦時のプロパガンダに踊らされ過ぎていたのかもしれません」


 セシリアのそのセリフに、「まぁ力が全てと言うのは否定できんがな」とミコットは少し寂しげにそう言った。


「まぁ、それはそうとして、いかがいたしましょうかお坊ちゃま?」

「んーそうだなぁ、出ていくのは簡単だが……」


 アレックスはそう言ってちらりと周囲を見渡した。


(パッと見でも6人か、ルーゲンなんとかって奴らはよっぽど人が余ってるらしいな)


 アレックスの見敵スキルに引っかかったのは6人。人込みに紛れるようにこちらを監視していた。


(この調子じゃ出入り口にも網を張られてるだろーなー)


 アレックスはのんびりと背伸びをしながらそんな事を考えていた。

 そして、彼らがブラブラと歩を進めている内に、一行はとある一角へとたどり着いた。


「んー、そうか、ここがかー」


 アレックスは頭の後ろで手を組みながら、ボンヤリとそこを見渡した。

 そこは競り市だった。ただし、扱っている商品はこの国では禁止されているもの――人間だった。


「ははっ、随分とまぁ商売繁盛なこって」


 壇上では鎖に繋がれた人間が、競り人に引っ張られるように連れてこられ。競りにかけられている。

 奴隷たちは皆年若く、そして生気のない目をしてボンヤリと立っていた。

 それとは対照的に、買い手、そして見物人たちはみな欲望にギラギラと輝く脂ぎった瞳で、口角泡を飛ばしていた。


「ふん。まったく野蛮なのじゃな人族は」


 生理的な不快感を感じ取ったミコットは、その様子を白眼視する。


「けけけ。そーいわれちゃー、返しようがねぇな」


 アレックスはそう言って肩をすくめる。


「しかし、これ程大々的な市を開いておきながら何のお咎めも無しという事は……」

「ああ、この街の天辺は、ルーゲンなんちゃらの鼻薬をかがされてるってこったな」

「そうですね。度し難い事です」


 セシリアは静かに燃えるようにそう呟いた。

 彼女は天涯孤独の身である。少し歯車が狂っていれば、商品として壇上に立っていてもおかしくはなかったのである。


「行くぞ貴様ら、不愉快じゃ」


 これ以上、一時たりともこの場の空気を吸いたくないと、ミコットはアレックスをそうせかした。

 そして、その時、市場から大きな歓声が上がった。


「さー、今日の目玉です! 五体満足、生きのいい魔族でございます!」


 ミコットはその言葉に、ぐるりと頭を向けた。

 壇上には首輪によって数珠つなぎにされた年端もいかない魔族の少女が3人、肩を寄せ合うように立っていたのである。


「こら! お前ら! もっと距離を取れ! お客様にお前たちの魅力をアピールするんだ!」


 ピシと鞭が床を打つ音がして、3人の少女はガタガタと震えながらも距離を取る。


「御覧の通り、躾は完璧であります。

 また、ご契約の暁には絶対遵守のギアスをお譲りしますので反抗される心配もまるでなし!

 見目麗しいこの珍品! ペットとして飼うもよし! 特別な労働力として飼うもよしでございます!」


 競売人の言葉に、買い手たちは湧き上がり、競りが開始された。


 ★


「ちょっ、ちょっと何じゃ!? アレックス! どうしてうちの子たちがあんな所にいるのじゃ!」


 ミコットはそう言ってアレックスの袖をグイグイと引っ張った。


「さーてねぇ。お前みたいに仲間からはぐれちまったのかねぇ」


 アレックスはヒートアップする競り市を冷めた目で見ながらそう言った。


「何とかせよ! これは命令じゃ!」

「何とかって言ってもなぁ」


 アレックスはそう言ってポリポリと頭を掻いた。

 彼の力でこの競り市を物理的に崩壊させるのは簡単な事だ。

 だが、これはこの街のシステムにかかわる問題。単純にこの競り市を潰した所で、また同じことが繰り返されるのは目に見えていた。

 彼がそんな事を考えながら、ちらりと周囲を見渡すと、熱狂する買い手たちとは別の温度で競り市を眺める視線があるのに気が付いた。


(あれは……この街の衛兵か?)


 それは、アレックスと同年代の青年だった。彼は憤まんやるかたないと言った表情で、口を真一文字に引き絞りながら壇上を眺めていた。


「おい、セシリアあれ」

「はっ、了解いたしました」


 アレックスが顎で指し示した先の青年へ、セシリアはコンタクトを取りに行く。

 青年の元へとおもむいたセシリアは、彼を伴ってアレックスの元へと帰って来た。


「よー、どーしたアンタ。何やらご機嫌ななめじゃねーか」

「君は? 彼女の話だと、どこぞの貴族と言う話だったが?」


 青年は壇上の様子を気にしつつも、アレックスの方を見ながらそう言った。

 衛兵の兜を脱いだ青年は、青みがかった黒髪を短く刈り込んだ精悍そうな若者で、気真面目そうな顔つきからは、誠実そうな雰囲気が漂っていた。


「けけけ。俺の事はどーでもいいじゃねぇか。それよりアンタ、この競りが気にくわないのかい?」


 アレックスがお茶らけた物言いでそう言うと、青年は一瞬周囲に目をやったあと、絞り出すようにこう言った。


「ああ、気にくわない。何もかもが、だ」

「どーした? 相手は魔族――敵だろ? 勝者が敗者を好きに扱って何が悪い?」

「確かに人族と魔族は敵対関係にある。だが、あの少女たちがその責を負うと言うのは間違っている。

 いや、彼女達ばかりでは無い。そもそもが人間を商品として扱うこの市場自体が間違っている」


 青年はアレックスの目をしっかりと見返しながらそう言った。


「けけけ。あんた衛兵だろ? だったらこの市の違法性は分かってるはずだ、とっとと取り締まっちまえばいい」

「したさ! しようとしたさ! だが、俺みたいな若造の力ではどうにもならなかった!

 敵は……あまりにも巨大だ」


 青年はそう言って、拳を握りしめた。


「お前の上役が無理ってんなら、直接王都にでも行って訴えりゃいい」

「駄目だ、俺は完全にマークされちまっている。俺はこの街から出られないし、手紙のひとつすら出すことはできない。そんな事をしたら家族に累が及ぶと忠告されている」

「かかか。そりゃーいい。お仲間って奴だな」

「なに?」

「俺らも、ルーゲンなんちゃらとひと悶着あってな。ただいま絶賛監視中だ」


 アレックスはそう言って肩をすくめたのだった。

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