第8話 野望の行く末
大魔王アルスバーンが目指したのは、ひとえに魔族の安寧だった。
弱者たちが安心して眠ることのできる生活。
飢餓に怯えずに済む暮らし、病に怯えぬだけの十分な金銭的余裕。
それを考えた果ての人族領域への進攻だった。
だが、その望みはあくまで一方的なものであった。
結果彼は、勇者アレンたち一行によりその望みごと打ち砕かれた。
★
「おっ、街だ、街が見えたぞ」
「左様でございますね」
山を越え、谷を越え、一大スペクタクルな冒険を繰り広げ、太陽が真上に差し掛かるころ3人はようやくと次の街へとたどり着いた。
「きっ、貴様たち、ちょっとは、反省、したらどうじゃ」
ミコットは枯れ枝の杖に体を預け、肩で息をしながら抗議の声を上げた。
「んだよミコット? なにか疲れる事あったか?」
「当ったり前じゃ! なんでドラゴンの巣を真っ直ぐに横切らなきゃならないのじゃ!」
「かかか。いー運動になったろうが」
アレックスは悪びれずにそう笑った。
「うー、こんな奴について来てほんとに大丈夫だったのか?」
ドラゴンから逃げる際に、荷物のように気軽に取り扱われつつ、目もくらむような断崖絶壁から飛び降りた事を思い出しながら、ミコットは背筋を震わせた。
「それより街だぜ。ディスガイズかけるから大人しくしてな」
魔族であるミコットが堂々と人族の街に入れるはずがない。アレックスはディスガイズと言う変装魔法を掛ける事によってミコットの角と尻尾を隠すことにしたのだ。
「って訳だ、セシリアやれ」
「了解いたしました」
「貴様はホント、命令だけで何もしないのじゃな」
呆れるミコットをよそに、セシリアはディスガイズを発動させる。
すると、ミコットの体が光に包まれ、一瞬のちに、彼女の体から角と尻尾が消えた。
「効力は半日程度ですので油断なさらぬよう」
「はいはい、分かっておるわそんな事」
ミコットはそう言いつつ、ペタペタと角や尻尾を触る。感触は確かにあるが、その姿は確かに消えていた。
「むー、なんか変な感じゃな」
「けけけ。まっ、それでパッと見はどっからどうみてもただのガキにしか見えやしねぇよ」
「そうか? わらわのあふれ出る高貴なるオーラで気づかれないか?」
「そんなもん1mmもでてねぇから安心しろ」
「失礼じゃの!」
「ミコット様、尻尾をあらぶらせないでください。ばれます」
わいわいがやがやと話しつつも、3人は街の門へと向かっていった。
★
「なっ? 余裕だったろ? 金持ち貴族の道楽息子を演じさせりゃ、俺の右に出る奴はいねぇんだよ」
「それは誇る事なのかのう?」
首を傾げるミコットを尻目に、アレックスはへらへらと笑いながらそう言った。
3人は諸国漫遊中の貴族の兄妹とそのメイドという設定で、街の検問を突破したのだった。
「ところでセシリア、ここはどういう街なんだ?」
「そうですね、先ほど聞いた話によりますと」
セシリアはそう言って説明を開始する。
ここは、神聖エラスティア王国南部の街ダスルダーニャ。大陸の大動脈が通る街のひとつで、貿易を通した商業で成り立っている豊かな街だった。
「ふーん。まっ、商売繁盛で何よりだ」
アレックスは自分で聞いておきながら、さほど興味なさそうにそう言った。
だが確かに、街の大通りには荷物を満載にした馬車がひっきりなしに行き来しており、街の活気をうかがわせるには十分な有様だった。
「お坊ちゃま、先ず寄りたい所があるのですが」
「ん? どこだ?」
「冒険者組合です。手持ちのアイテムを換金しておきたく」
セシリアはそう言って、背嚢から小袋を取り出した。魔物の中には希少品を落とすものがあり、それは冒険者たちの生活の糧となっていた。
「そだな。先ずは金がなきゃ始まらねぇか」
アレックスの言葉に、セシリアは無言でうなずいた。
街の外でものを言うのは力だが、街の中では金がものを言う。と言う訳で一行は軍資金を得るために冒険者組合へと足を運んだのであった。
★
「なっ!? こっこれは、千年樹の瞳!? あっ、あんたこれを何処で手に入れたんだ!?」
「企業秘密です。ただ、盗品で無い事は確かでございます」
セシリアが取り出した品々に。冒険者組合の職員は目を白黒させた。彼女が机に並べたのは高レベル冒険者でも入手することが困難な品々だったのだ。
「それでいかがでしょうか? 駄目ならば他所に当りますが」
「いっ、いや待ってくれ。これだけのレアものを他所に流したとあれば商売人の名折れだ」
職員は眉根にしわを寄せながらも、急ぎ取引の準備を開始した。
「はーん。あの程度の雑魚がドロップしたものがそんな金になるのか」
「……左様でございますね」
千年樹の瞳とは、グリーンアイズフォレストドラゴンと呼ばれる古代龍の胆石だ。これは万病に効く妙薬としても、また宝飾品としても高値で取り扱われる。
通常この古代龍に挑むとなれば、高レベル冒険者が大規模なレイドを組んで事に当るのが定石だ。今回のは、まだ二人旅だったころ、それに睡眠を邪魔されたアレックスがパンチ一発で殴り倒したものだ。
「ってなんじゃ。貴様たちそんな貴重品をぶら下げたまま旅してたって言うのか!?」
「おーそう言うこったな。まっ、こいつは強えぇからよ」
アレックスは意地悪そうな笑みを浮かべ、セシリアを指さした。
「そっ、そうか。人族もなかなかあなどれないのう」
無言で佇むセシリアに、ミコットは冷や汗を流しながらそう言った。
「けけけ。だが、まぁこれで当面金の心配はしなくてもいいって事か」
アレックスはそう言うと、金貨の入った小袋をセシリアへ放り投げた。
それを受け取った彼女が、小袋を背嚢へしまおうとした時だ。
「げへへへへ。ちょっと待ちなよ嬢ちゃん」
見るからにゴロツキと分かる連中が、三人を取り囲んだ。
「けけけ。こりゃわかりやすい」
アレックスはそのあからさまな状況にへらへらとした笑みを浮かべた。
「なっ、なに余裕ぶってんのじゃ! 相手は多勢じゃぞッ!」
「あー? 多勢って言っても高々5人じゃねぇか。セシリアの敵じゃねぇよ」
高々扱いされたゴロツキたちはこれ見よがしに柄に手を当てこう言った。
「あーん? なに余裕ぶってんだ? 俺たちを誰だか知らねぇのか?」
「知る訳ねぇだろ、こちとら今日この街についたばかりだぜ?」
「このガキなめてん――」
ゴロツキがそう言おうとした時だ、ゆらりとセシリアの影が揺らめき、5人は糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。
「時間の無駄です。お坊ちゃまもあまり遊ばないでください」
セシリアは手についた埃を払いながらそう言った。
「つ、強い」
目にも留まらぬ早業に、ミコットは口をあんぐりと開けながらそう言った。
「けけけ。言ったろ? こいつは強いって」
アレックスはからからとそう笑う。
だが、そんな彼にかけられる声があった。
「あっ、アンタたち、なんてことをしたんだい」
「あーん?」
アレックスが声の方向へ視線を向ける。すると彼らを遠巻きに見守っていた人々から口々に声が上がった。
「そいつらは、ルーゲンベリアの手のものだ」
「ルーゲンベリア?」
「ああそうだ、悪い事は言わない、今すぐこの街を出ていった方がいい」
「だそーだが、何か知ってるかセシリア?」
「申し訳ございません、あまり王城と絡みのない地方貴族の名前までは」
アレックスの問いにセシリアは申し訳なさそうに首を横に振る。
「人買いさ」
ぽつりと、誰ともなく声が上がる。
「人買い?」
「ああ、悪名名高い奴隷商さ。奴らのやり方は酷いものさ」
「奴隷商……奴隷商?」
「そうですね、現在わが国では奴隷売買は禁止されている筈ですが」
奴隷売買は大戦前までは一般的なものだった。だが、勇者アレンが国王になってからはその売買は禁止されているのだ。
だが、そんなふたりの疑問をあざ笑うかのように、周囲の人々はこう言った。
「そんなお題目が通じるのは他所の街だけさ。
ここは金さえ払えば何でも手に入る街――欲望の街ダルスダーニャ、その影を象徴するのが奴らルーゲンベリアさ」
人々は自虐的な笑みを浮かべてそう言ったのだった。
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