第7話 大魔王無き世

 むくれたミコットに「飴ちゃんあげる」といったら彼女は目を輝かせて己の半生を語りだした。


「よーするに、迷子になったと」

「ちっ、違うわい! わらわは父上なき後の魔族を何とか立て直し、人類への復讐を果たそうと血のにじむ様な努力を行っておったのじゃ!」

「で、好奇心に任せて城にあった転移ゲートを使ったら、それが故障してて訳の分からん所に飛ばされちまったと。

 よーするに迷子じゃねぇか」

「だから違うといっておる!」


 顔を真っ赤にしたミコットはグルグルパンチを繰り出すが、そんなものはアレックスにとっては霧雨にうたれるようなものだった。


「いかがしましょうか、お坊ちゃま」

「あー、そうだなぁー」


 アレックスは耳をほじりながらけだるげな声をもらす。

 子犬にも負けてしまいそうな少女ではあるが、れっきとした大魔王の娘となれば話は複雑だ。

 人類の未来のために、その命脈をここで断つのは、赤子の手をひねるよりもたやすい事だが、アレックスにはそんな気は起きなかった。


(そんな事しても意味なんてありゃしねぇしな)


 攻撃につかれ、肩で息をするミコットを眺めながら、アレックスはそんな事を思っていた。


「ここは、見て見ぬふりというのはいかがでしょうか?」


 じっと、冷酷な視線を向けるセシリアに、ミコットはびくりと体を震わせる。


「それが一番手っ取り早いんだけど、それは見殺しにすると同意なんだよなー」


 アレックスは欠伸交じりにそう言った。


「なっ、なんだ!? わらわを見捨てるのか!?

 わらわを城に送り届ければ褒美は思いのままだぞ? 褒美が惜しくないのか!?」


 ミコットは体を縮こませながらそう言った。

 生活能力も生存能力もまるでない少女である、ここまで生き残れたのですら奇跡的な事であった。


「魔族領域ねぇ、話の種としちゃ面白い所ではあるだろうが」

「なっ! なっ! そうであろ! そうであろ!

 今なら名誉魔族として迎えてやらんでもないぞ!」

「かかか、そりゃーいい。この俺が名誉魔族か」


 ミコットの申し出にアレックスはけらけらと笑う。

 勇者の息子として、次期国王にして次代の勇者となる予定だった自分が、人族の敵である魔族の一員となる。

 その事は人々の目にはどう映るだろうか? 

 人族への裏切り行為と映るだろうか?

 どうしようもない落伍者として映るだろうか?

 そんな事を考えると、楽しくて仕方が無かった。


「けけけ。まーそれはそれで置いとくとしてもだ。

 こっちも行く当てのない気ままな旅だ、そのうちそっちに足が向くかもしれねぇ。

 どうだミコット、俺らについて来るか?」

「むっ? なんじゃ? 今すぐわらわを連れて帰ってくれるのではないのか?」

「はっ、俺らの寿命なんざ、お前らにとっちゃあっという間だろ? 俺らが死ぬ前には送り届けてやるよ。

 それまでは、立派な大魔王になる為の遊学期間と割り切っちまうのはどうだ?」

「む……むーーー」


 アレックスの提案に、ミコットは腕組みしながらうなりを上げる。

 彼女としても、この千載一遇のチャンスをふいにするのは惜しかった。このお人よしの人族を利用して何としても魔族領域へと戻る算段を頭の中で計算し始めていた。

 というか、ここで見放されればどうなるか、そんな事は複雑な計算式を組み立てるまでも無かった。


「ふっ、ふん! よいであろう! 特別にわらわと行動を共にすることを許そう!」


 ミコットは大軍を前に大号令を示すように、大仰に手を広げながらそう言った。


「ってなわけで、どうだ? セシリア?」

「お坊ちゃまの思し召すままに」


 セシリアはそう言って深く首を垂れた。


 ★


「ふむ、そちがアレックスに、そちがセシリアとな」

「そーそー。姓は捨てた、残ったのはその名だけだ」

「むぅ。人族にも複雑な事情があるのじゃな」

「複雑って程でもねぇがな。捨てたって言うか捨てられたって感じだしよ。

 まぁ。要は、俺は落ちこぼれって奴だ」


 アレックスはへらへらと笑いながらそう言った。


「むぅ? じゃがそなたからはそこはかとない力を感じるぞ?」

「けけけ。そりゃーただの気のせいだ。お前に比べりゃそこらのガキですら無双の勇士だ」

「むきー! わらわを馬鹿にするでない!」


 ミコットが必死で脛に蹴りを入れるのをアレックスは笑いながら受け止める。


「それで、お坊ちゃま。この後は何処に向かいますか?」

「ん? そーだなー」


 アレックスはそう言って、落ちていた木の棒を拾い上げ、空へと放り投げた。

 カラリと乾いた音をたて、その棒は地面に落下する。


「ん。じゃーあっちだ」

「かしこまりました」


 アレックスはそう言って木の棒が指し示した方向を指さした。セシリアはその答えに礼をする。


「適当すぎるじゃろ、貴様ら」


 ミコットは主従に対し深くため息をついた。


 ★


 道中ミコットは、久しぶりの他人との会話が嬉しいのか、ぺらぺらと飽きる事無く話し続けた。


「ほーん。今の魔族領域はそんな事になってんのかー」

「そうじゃ。かつての魔族は父上がその圧倒的な力でまとめておった。じゃが、魔族などはどいつもこいつもプライドが高い奴ばかり。

 父上と言う重しがなくなった今は、誰もが父上の後釜を狙っての内乱状態じゃ」


 ミコットは腕組みをしながら頷いた。


「では、一刻も早く戻らねばならないのでは?」


 セシリアがそう疑問を口にすると。ミコットは苦虫を噛み潰したような顔をしてこう言った。


「魔族社会は徹底的な実力主義じゃ。わらわが父上の愛娘と言うだけで、すんなりと王位に座る事が出来るかといえばそうでもない」

「へー、そりゃ結構な事で。人族社会はコネと血筋の社会だ。とんでもねぇアホが王位に座って国が傾くなんて良くある話だ」


 アレックスは皮肉交じりにそう言った。


「ふん、それも一長一短よな。実力主義も度が過ぎれば同じこと。我が我がと先を争い弱い者を足蹴にしておる。

 それだけならばまだ良いが、裏切り、下剋上、謀略、策略なんでもござれの足の引っ張り合いじゃ」

「けけけ。システムは違ってもやってることは同じってか」


 アレックスはさも愉快そうに口を歪ませた。


「ふん。じゃが、わらわが王になった暁にはそうはいかんぞ。その様な野蛮極まりない慣習は一蹴して、魔族が一致団結する、よりよい世界を築き上げて見せる」


 ミコットは鼻息荒くそう言った。

 アレックスはその様子を、優しげな瞳で眺めていた。


「じゃが、まぁ。そもわらわがその結論に至ったのは父上の教えあって事なのじゃ」


 ミコットは照れくさそうにそう言った。


「大魔王が?」


 人族で伝え聞かれる大魔王アルスバーンは、血も涙もない冷酷な盟主。その乖離にアレックスは眉をひそめる。


「そうじゃ、父上がお立ちになった時、魔族領域では大規模な食糧難に陥っていた。それだけでは無い、原因不明の流行り病がまん延し。弱者たちは明日をも知れぬ生活を送っていたのじゃ」

「流行り病……ですか」


 セシリアは亡き国王夫妻の事を思いながらそう呟いた。


「ああ、魔族はのっぴきならない状況に追い込まれていた。このまま坐して死を待つか。それとも戦力が十全の内に一か八かの賭けに出て、新天地を目指すかじゃ」

「それが、先の大戦におけるそちら側の言い分って奴か」

「そうじゃ。そちらにはそちらの言い分もあろう。じゃが、わらわたちにしてみれば先の大戦は生き残るための戦いじゃったのじゃ」


 ミコットはそう言って拳を握りしめる。その手に、亡き父の無念を込めるかのように。


 ★


 クークーと安らかに寝息を立てるミコットを傍に、ふたりはたきぎを囲んでいた。


「昼間の話は、どう思われますか?」

「んー。戦争ってのは正義と正義のぶつかり合いだ。そりゃ、あっちにはあっちの言い分があるだろうさ」


 アレックスは皮肉げな笑みを浮かべてそう言った。


「そうですね。ただ、それが支配欲による侵略戦争であろうとなかろうと……」

「かかか。一般市民にとっちゃ何も変わらねぇ。戦の炎は、老いも若きも区別せずに降りかかる」


 アレックスはそう言って、たきぎに薪をくべた。空気の流れが乱されて、炎は一瞬弱まったが、それもつかのまに炎は先程より強く舞い上がった。


「お坊ちゃまは、本当に彼女を魔族領域まで送り届けるおつもりですか?」

「ん? 駄目か?」

「いえ、ただの確認です」

「けけけ。それを言うならこっちだってただの暇つぶしだ。風に任せて歩いてりゃ、いつかそっちに行く日もあろうよ」


 アレックスは風に揺られる火を眺めながらそう笑ったのだった。

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