第2章 伝説の大魔王の娘

第6話 伝説の大魔王の娘

「うう、ひもじいのじゃ」


 真上に上がった太陽が、暖かな光を惜しみなく大地に降り注ぐころ、キュルキュルと腹の虫を鳴らしながらフラフラと歩を進める人物がいた。

 声からは少女のものと分かるが、フードを目深にかぶっているのでその顔を見る事は敵わない。

 身長は140cmに届くかどうかだが、背筋を丸めているのでさらに小柄に見えた。


「うう、だれかぁ……」


 少女は腹の虫をどうにかしようと、おなかに手を当てながらそう呟く。

 だが、その声を聞き届けるものは存在しなかった。

 それもその筈、ここは大戦によって廃墟と化した街なのだから。


「うぐあ゛」


 フラフラと歩いていた少女は、地面に転がっていた瓦礫に足を取られ、ビタンと見事に顔面から地面に激突した。


 その拍子にかぶっていたフードがはらりとずれる。


「あっあッ!」


 少女は急ぎフードを被りなおした。

 ちらりと見えたその頭には、キラキラと輝く銀髪の隙間から、ぐるりととぐろを巻いた紅い角が頭の側面に二本生えていたのだ。


「ふう、危ない危ない、誰にも見られてないよ……な……?」


 少女はキョロキョロと周囲を見渡し――


 瓦礫の上に腰掛けているアレックスと視線が合った。


「みぎゃーーーー!?!?」


 少女は奇妙な叫び声をあげ、脱兎のごとく逃げ出していった。


「……なんだありゃ?」

「あれは……魔族の少女でしょうか?」


 頬杖を突きながらそう呟いたアレックスに、セシリアは少女の行方を視線の端で追いながらそう答えた。


「ふーん。あれが魔族か」

「ええ、頭に抱いた角に、お尻から生えた尻尾、魔族の特徴に間違いありません」


 そう言うセシリアも魔族を実際にこの目で見たのは初めてだ。彼女としても大戦時の資料によって見聞きしたに過ぎない。

 魔族――邪なるもの。

 暗黒神ガルダロスを信奉し、人族社会を侵略しようと虎視眈々と狙うもの。

 先の大戦によって壊滅的なダメージを負った彼らは、人族領域から遠く離れた大陸の端に隠れ住んでいると伝えられている。


「その魔族の小娘がなんでこんな所をうろついてたんだ?」

「さあ、私は彼女では無いので」


 首を傾げるアレックスに、セシリアはそっけなくそう返した。

 彼女とて大戦の被害者とも言える立場の人間だ、魔族に対して好意的な視線を持てと言うのは酷な話であった。


「まっ、こんな所をうろついてんのはお互い様か」


 アレックスはそう言って皮肉げな笑みを浮かべる。

 自由の身となったとはいえ、行く当てのない風任せの旅だ。適当に足を延ばしている内にようやく町を見つけたと思ったらそこは廃墟の街だったという話。


「やっぱり、あそこの森を突っ切ったのがまずかったか?」

「ですから、せめて街道を歩こうと進言いたしましたのに」


 小首を傾げるアレックスに、セシリアはため息まじりにそう言った。


「けけけ。一応俺たちは死人の身だからな、ほとぼりが冷めるまではこうして大人しくしといた方が世のためだろうよ」


 アレックスはそう言って、さも愉快そうに口をゆるませた。


「まっ、いいや。廃墟とは言え町は町、雨風しのげりゃ御の字だ。

 今晩はここで宿を取るとしよう」

「かしこまりました」


 そうしてふたりは、野営の準備を始めた――いや、準備するのはセシリアだけだったが。


 ★


「昼間仕留めた小鹿のシチューでございます」

「おう、お前も食え食え」


 テーブル代わりの瓦礫の山に一組の皿が並べられる。

 その中に入っているのは、一度軽く焼き目を付けられた後ほど良く煮込まれた小鹿の肉と色とりどりの野草だった。

 レンジャーとしての訓練も受けているセシリアは、メイドとしての技能も生かし少ない材料をやりくりして上質な料理を作り上げていた。


「おお、なかなかいけるじゃねーか」

「恐縮でございます」


 もっしゃもっしゃと口の中にシチューを放り込むアレックスを、セシリアは暖かい目で見守った後、自分もシチューに匙を入れた。


「で、アレはどうするよ?」

「さあ? 私はお坊ちゃまのご判断に従います」


 そう言って暗闇に匙を向けるアレックスに、セシリアは視線を向ける事無くそう言った。

 アレックスは口にスプーンをくわえたまま暫し腕を組みうなり声を上げると。足元に落ちていた小石を、暗闇に放り投げた。


「ふみゃ!?」


 暗闇の中から昼間聞いたのと同じような鳴き声が響いて来る。

 それを聞いたアレックスは「うっとおしいから出てこい」とぞんざいに口を開いた。


「うぐ……ぐ……わっ、わらわをどうするつもりじゃ!」


 逃げ出そうとしたところをあっさりとセシリアに捕まった魔族の少女は、ジタバタと無駄な抵抗をしつつもそう言った。


「どーもしねぇよ。じっと見られながらだと、飯がまずくなるから、食うなら食えっていうだけだ」


 アレックスはそう言って、鍋ごと少女の前に置いた。


「にっ、人間なぞのほどこしなど受けてたまるか!」

「けけけ。そりゃーいい。俺はちょうど『お前なんか人間じゃねぇ』と街を追い出されたところだ」


 アレックスはそう愉快そうに笑う。


「人間じゃない? それってどういう――」


 少女がそう言おうとした時、腹の虫がキュルキュルと音をたてる。


「まー、話しは飯食ってからだ。邪魔しねぇから好きに食いな」


 アレックスはそう言うと、少女に無理矢理スプーンを持たせたのだった。


 ★


「はあ!? お前は大魔王アルスバーンの娘!?」


 食事の油で口の滑りが良くなったのか、少女は唐突に自己紹介を行った。

 そこから出た名前は驚くべきもの。彼女の名前はミコット・フォルモンドと言い、先の大戦で人族を恐怖のどん底に落とし込んだ、大魔王アルスバーンの娘という事だった。


 ミコットは、アレックスのリアクションに満足いったのか、まな板のような胸を大きく反らした。


「(おい、どーするよ? ってかホントだと思うか?)」

「(さっ、さぁ? どうでしょう? ですが本当の場合色々と不味い事になりませんか?)」


 ふんすふんすと鼻息荒いミコットを横目に、アレックスたちはひそひそ話をする。

 アレックスの父、勇者アレンは大魔王アルスバーンを殺した張本人だ。つまりアレックスはミコットにとって、父親の仇の息子と言う事になる。


「おっ、おい。ミコットよ、そこまで言うならアナライズかけてもいいか?」

「ふっふーん。よいぞ、特別に許可してあげてもいいのじゃ」


 アレックスは、こいつちょっとチョロ過ぎねぇか? と思いつつも、アナライズの魔法を唱えた。


 ミコット・フォルモンド/魔族/42歳/女

 魔王Lv3

 HP32/32

 MP29/29

 器用度18

 敏捷性20

 筋力 17

 生命力16

 知力 23

 精神力20


 スキル 暗黒魔法Lv1


「弱! ってーか弱!」

「なっ、何を失礼な! わらわは大器晩成型なのじゃ!」


 ミコットは顔を真っ赤にしてそう言った。


「ですが、お坊ちゃま」

「ああ、魔王って事はホントのようだな」


 ポコポコと抗議のパンチを繰り出すミコットを無視して、アレックスはそう頷いた。


「うー硬い。貴様一体何を食ったらそんな体になるのじゃ」


 ポコポコパンチを繰り出したミコットは、赤くなった手をさすりながらそう言ったのだった。

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