第4話 ステータス
アレックス・フォン・スターダルト/人間/11歳/男
勇者Lv####
王族Lv2
HP########/########
MP########/########
器用度########
敏捷性########
筋力 ########
生命力########
知力 ########
精神力########
スキル
########################################################################################################################################################################
セシリアは脳内に浮かんだその表示に小首を傾げる。
アレックスは抵抗していないと言ったが、では、自分が魔法の発動に失敗してしまったのだろうか。
彼女がそう思っていると、アレックスは肩をすくめてこう言った。
「ガキの頃はまだ一応数値として表示されてたんだがよ。だが、ある日それすら放棄しやがったんで、俺にも現在どれ程の力があるのかは客観的には分からねぇ」
「……それはもしかして、数値が膨大過ぎて表示しきれないということですか」
セシリアは生唾を飲み込みつつそう言った。
一騎当千、万夫不当。
それらの言葉をとうに通り越した絶対無敵。
常人では、いや達人においてもたどり着けない領域に、自らの主は居る事をセシリアは知った。
知って――
知らずの内に体が強張っていることを自覚した。
目の前にいるのは人の形をした『何か』、彼女はその事を知ってしまったのだ。
アレックスは、その様子を優しい目をして見つめていた。
「ビビんなって言うのは無理な話だ。俺の体について誰よりもビビってるのはこの俺自身だ」
「いっ、いえ! 決してその様な事は!」
そう言い、取り繕うとするセシリアを無視してアレックスは話を続ける。
「何もしなくても、上限知らずに育っていく力。
朝目が覚めるたびに、桁が一つ増えているステータス。
スキルに至っては多すぎちまって何が何だか分からねぇ。
……細心の注意を払わないと、人間程度容易く殺めてしまうこの力」
アレックスはそう言って手を握りしめる。
何気ない動作にしか見えないが、あの魔猪を容易くねじ伏せた腕力をかんがみるに、どれだけの力が込められているのか、想像すらできなかった。
「ガキだった俺にとっちゃ、日々の暮らしが恐怖でしかなかった。いつ化け物だと迫害されるか怯えて暮らす日々だった」
「国王陛下は、ご存知なのですか?」
「ああ、この事を知っているのは、親父とおふくろ、そしてごくわずかの人間だけだ。
勇者様が、魔王を生んだなんて評判が広がっちゃ問題だしな」
「そんなこと!」
「だが事実だ。俺の力は人間という枠をあまりに気軽に飛び越えすぎている」
アレックスはそう言って力ない笑みを浮かべる。
彼が望みさえすれば、その無敵の力を振る舞って、好きなように生きていくことも出来ただろう。
だが、彼はその生き方を望みはしなかった。
無能とさげすまれながらも、人間の振りをしてつつましく生きていく道を選んだのだ。
「分かりました」
セシリアは、そう言って真剣な目でアレックスを見つめた。
「私がお坊ちゃまの盾となります。
私がお坊ちゃまの矛となります。
この世のすべてのものからお坊ちゃまをお守りする砦となります」
「おいおい話を聞いてないのか? 俺は無敵の存在だぜ? そんなものは必要――」
「必要です! 力を振るう事の出来ないお坊ちゃまにおかわりして、私が! 私が、お坊ちゃまをお守りします!」
セシリアはそう言って大声を張り上げる。
彼には、アレックスには、命を救われた恩がある。
あのごみ溜めのような街角で、ただ死を待つだけだった自分を拾ってもらった恩がある。
セシリアはその思いを言葉に込める。
「はっ、好きにしろよ。だが、俺も俺でこれまで通り自由にさせてもらうぜ」
アレックスはそう言って肩をすくめた。
★
その日から、セシリアは更なる修練に身を費やした。
それは辛く厳しいものだったが、彼女の主が抱えている恐怖と比べれば、何でも無いモノに思えた。
だが、従者である彼女が強くなればなるほどに、何も知らない他人から見れば、アレックスの弱さが際立って見て取れた。
「お坊ちゃま。戦闘に関しては仕方が無いことですが。学問の方をおろそかにするのはいかがなものかと思います」
「いやだよめんどくさい。俺は悠悠自適に生きていくって決めてるんだよ」
「駄目です、私は坊ちゃんを立派な王にすると国王陛下と神に誓ったのです。今日こそは逃がしませ――って坊ちゃま? 坊ちゃまー!」
その様なやり取りは、城の日常風景となった。
★
「いつまで! その力を隠すのです!?」
薄汚い路地裏にて、セシリアは思いのたけをぶちまけた。
あれから月日を重ね、セシリアの戦士レベルは86にまで成長していた。
一流と呼ばれる冒険者のレベルが50前後であることを考えれば驚異的なものであるが、それでも彼女の主の前では児戯そのものであった。
「いつまでったってなぁ。もう力の振るい方も忘れちまったよ」
アレックスはそう言ってポリポリと頭を掻いた。
「国王陛下がお倒れになったいま。国を継ぐのはお坊ちゃまにおいて他ならない筈です!」
「いーよ、そんな事めんどくさい。やりたいって言う奴がいるんだからやらせとけばいいだろ」
アレックスはそう言って大あくびをした。
「そんな! そんな……お坊ちゃまは悔しくはないのですか!」
「まっ、酒浸りの日々とお別れするって考えれば、多少惜しくはあるけどな」
そう言って皮肉げな笑みを浮かべるアレックスに、セシリアは憤懣やるかたない思いでつかつかと詰め寄り――
「いたぞ! こっちだ!」
その声に素早く反応し、背後を振り返った。
「お坊ちゃま! お逃げ――」
そう言おうと、ちらりと横目で背後を振り向けば、当のアレックスは既にはるか遠くへ逃げ出していた。
「追え! 逃がすな!」
「させません!」
セシリアはそう言って、横に積んであった木箱を追手に向けて投てきした。
レベル86の戦士がその全力でもって投てきしたのだ。木箱は凄まじい勢いで真っ直ぐに飛んでいき。追手の兵士をなぎ倒した。
「お待ちくださいお坊ちゃま!」
「はっはー! 逃げろと言ったり、待てと言ったり忙しいなセシリア」
「お待ちくださいー!」
こうしてふたりは、ガルスタインの追手から逃れるため、王都のあちこちを駆け巡ったのだった。
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