クレナイカズミ
#21
登下校時に僅かににぎわう程度の駅前にある小さな雑貨店の本日の来店者数は午後二時を向けようとしているのにもかかわらず一桁前半……三人しか来店していませんでした。
「店長、今日は暇ですね」
「今日はじゃなくて、今日もだろう?」
店長と呼ばれた男性はアルバイトの青年クレナイカズミに対して、ネットニュースを退屈そうに眺めながらため息交じりに返答しました。
「おっ! カズ、奴らが出たみたいだぞ。行ってきたらどうだ?」
店長は速報としてネットニュースに取り上げられていた『唐傘市にアラクレ出現 自衛隊に緊急出動要請』という見出しのニュースを指差しながらカズミにその画面を見せました。
「うわぁ、唐傘市か。やめときます。バイト中なので」
「カズ、ライブ中継見てみろよ。あからさまに自衛隊が劣勢だぞ」
「可哀想に。アラクレに兵器は通用しないのに仕事だから仕方なく戦わされているなんて」
アラクレと称される正体不明の怪物に成すすべの無い自衛隊を見て他人事のようにそう言ったカズミでしたが、この世界でアラクレを倒すことが出来るのはカズミだけでした。
「休憩上がりました。店長とカズミン何を見ているの? って、アラクレじゃん! カズミン早く行かなきゃ!」
「えぇ~ 次は俺の休憩じゃないっすか。それに、唐傘市ってあんまり金払い良くないんすよ」
「そんな事言っている場合じゃないでしょ! 今日は休憩時間分もお給料出すから。店長、良いよね?」
「今日は儲けほとんど無いから嫌なんだけど……」
見るからに嫌そうにそう告げる店長に対して休憩から戻って来たばかりの女性店員、麻生美空は睨みを利かせました。
「し、仕方ないなぁ。今日だけだよ」
「ほら、休憩は戻ってからで良いからさっさとアラクレ倒しておいで!」
「気が乗らないけど、仕方ないから行ってきます」
肩を落としながら大きな溜息を吐いたカズミは一瞬のうちに店長と美空の前から姿を消しました。
そして、カズミは一瞬のうちに雑貨店から数百キロメートル離れた唐傘市に突如として姿を現しました。
「お疲れ様で~す。今どんな状況ですか?」
「ちょっと君、この先にアラクレが出たんだ。早くここから逃げるんだ!」
すぐ目の前は戦場だというのに緊張感のない口調で現れたカズミに対して自衛隊員はカズミの両肩を掴んですぐに引き返すように告げました。
「その手を離してあげなさい」
「指揮官! し、しかし」
「彼を追い返す必要はない。君は持ち場へ戻りなさい」
「りょ、了解いたしました」
「遅かったじゃないか、カズミ」
「ナゴリュウさん! 戦況はどんな感じっすか?」
自衛隊員にカズミから離れるよう命じた指揮官の男性、名護龍我に対してもカズミは軽い口調で現在の状況について尋ねました。
「いつもの通り、我々の劣勢だ。アラクレの末端戦闘兵相手だというのにこの様だ。君の力を貸してもらえるか?」
「貸すつもりが無かったらバイト中に来ないっすよ」
「そうだったな。現在確認出来ている戦闘兵は二十三体だ。料金は?」
「一体あたり二千五百円で二十三体だから五万七千五百円。ナゴリュウさんにはサービスで一割差し引いて、五万一千七百五十円で」
「唐傘市もその程度なら支払ってくれるだろう。よろしく頼む」
「は~い」
カズミはそう言うと自衛隊員の間を進んで行きながら準備運動程度に軽く肩を回し、二十三体のアラクレ末端戦闘兵の前に立ち塞がりました。
「一般戦闘兵が居ればもう少し稼げたのに。仕方ないか。さて、稼ぐぞ!」
カズミはそう言うとポケットに手を入れて自らの力を強化するパワーアップグローブを取り出そうとしましたが、いつも入れているはずの場所にグローブは入っていませんでした。
「ん? ちょっと待ってよ」
カズミに向かって突撃してきたアラクレの末端戦闘兵たちでしたが、カズミの言葉を聞いてお行儀よく突撃を一時中断しました。
「やべっ、グローブ忘れた。ナゴリュウさ~ん!」
「どうしたカズミ! 早く倒しなさい!」
「グローブ忘れたからさっきの料金を変更して! 十万三千五百円で!」
「おい! さっきの二倍じゃないか! 唐傘市は十万円以上では滅多なことじゃないと首を縦に振らないのは知っているだろ!」
「仕方ないだろグローブ忘れちゃったんだから。嫌なら帰るよ」
困惑するアラクレの末端戦闘兵に背を向けてカズミは龍我との金額交渉に熱を入れていました。
「もう少し値引きしてくれ!」
「十万千七百五十円!」
「もう一声!」
「十万! これ以上は下げない!」
「あと千円。いや、五百円だけ!」
「あぁ~そう。わかった」
カズミのその言葉に胸を撫でおろした龍我でしたが、金額を確定する前に文字通り光の速さでアラクレの末端戦闘兵の集団へ飛び込んだカズミを見て嫌な予感を感じました。
「二十二体で九万九千円」
龍我が瞬きをした間に二十三体のうち、二十二体がカズミの手によって姿形を残さずに消滅しました。
残りの一体は周りにいた仲間たちが一瞬で消えてしまったことに驚きを隠せず周囲を見渡していましたが、そこにはカズミと自衛隊員たち以外はいませんでした。
「わかった! 足りない分は私が出す! 十万円で頼む」
「はい、交渉成立!」
二十三体目のアラクレ末端戦闘兵が最後に見た光景は世界征服を企むアラクレに人類で唯一対抗できるヒーローとは到底思えない金に目が眩んだ者の邪悪な笑顔でした。
「それじゃあ、入金はいつもの所でお願いしま~す」
カズミはそう言うと一瞬のうちに姿を消してアルバイト先の雑貨店へ戻りました。
「戻りました~ そのまま一時間休憩入りま~す」
「いやぁ~ 今日もクズかったね~ 休憩いってらっしゃーい。ところで店長、今付けているグローブってカズミンのじゃないです?」
「あっ! さっきバックヤードに荷物を運ぶのに軍手無かったから借りてそのまま着けっぱなしだった。じゃあ、今日の高額請求って僕のせい?」
「私し―らない」
アラクレによって世界征服が宣言されたこの世界唯一の希望である
語り手 古本屋栞
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