サクライクロト

#20

「ただいま」

 見慣れ 扉を開き、サクライクロトという少年はそう告げました。

「   」

 クロトの言葉に家の中から返事が返ってくることはありませんでした。

「母ちゃん、まだ寝てるの?」

 リビングで横になっている母にはクロトの声は届いていないようで、一切の反応を見せませんでした。

 グゥ。

 その音はクロトのお腹から鳴りました。お腹が鳴るのも当然で、クロトはもう二十四時間以上食事を摂ってはいませんでした。

「ん〜」

 ほとんど空になっている冷蔵庫を覗いたクロトは眉間にシワを作りながら唸りました。

「うへぇ〜」

 レジ袋に包まれて冷蔵庫の奥深くに追いやられていたを手にしたクロトは、レジ袋越しでも感じられる強烈な異臭を防ぐ為に鼻をつまみながら冷蔵庫からそれを取り出し食卓テーブルへそれを置きました。

「ん゛〜〜〜!」

 口全体を刺激する真っ赤な発酵物に悶え、苦しみながらクロトは飢えを逃れる為に刺激に耐えながらそれを口に含みました。

「う゛ぅ゛〜 げほっ」

 まだ小学校にも入学していないクロトにとってあまりにも強い刺激を与えたそれを完食したことで、クロトはあと数日程度は飢えに苦しむ心配が無くなりました。

「あ゛〜 ……熱い」

 発酵物による発汗作用によって身体中から汗が噴き出したクロトは薄汚れた衣服を脱ぎ捨て、母と同じようにフローリングに寝そべりました。

「気持ちいい〜」

 口腔内は劇的な刺激が残っていましたが、フローリングの凍えるような冷たさは刺激に勝る気持ち良さをクロトに与えました。

 横になっているうちにクロトのまぶたは重くなり、十分と経たないうちに眠りについてしまいました。


***


「……ろ! 起きろって言ってるだろ!」

 未だに眠る母の隣で気持ちよく眠っていたクロトは鼓膜が破れんばかりの大声と一定の感覚で頬に与えられる刺激で目を覚ましました。

「小僧、またこんなところに逃げ込みやがって!」

「助けて……父ちゃん」

 左手でクロトの髪を鷲掴みし、右手でクロトの頬を叩く男を前にクロトは助けを求めました。

「小僧、お前のは俺だろう?」

「助けて……助けて」

 クロトは助けを求め続けました。

 父ではあっても父ちゃんでは無い男から逃れる為に。

「こんな寒い中で探し回らせやがって! 次の部屋は地下にしないとなぁ!」

 クロトの実父であるサクライマサムネは壊れたように永遠と助けを求め続けるクロトを引きずりながら、二度と目を覚ますことのない母ちゃん赤の他人の家を出て行きました。




お詫び 冒頭に脱字がありました事をお詫びして訂正致します。正しくは次のとおりとなります。


 見慣れ扉を開き、サクライクロトという少年はそう告げました。


語り手 古本屋栞

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