カガミリュウ

#19

 今から語らせていただく物語にタイトルを付けるとするのならば……


プロデューサーパパアイドルむすめを愛しすぎている』


 と言った所でしょうか。


 物語のあらすじに関して、私が読者の皆様に対して多くを語る必要はないでしょう。言うまでもなくこれから語らせていただく物語はタイトル通り、アイドル事務所のプロデューサーがアイドルである実の娘を溺愛しているだけの物語なのですから。


 準備は出来ましたか? それでは語らせていただきましょう。親バカプロデューサーの日常を。



***



「もう、こんな時間か」


 彼こと加賀美龍かがみりゅうの一日は一杯のエナジードリンクで始まります。


「くぅ~ よっしゃ!」


 自身の頬を数発叩いて眠気を吹き飛ばしたつもりになっている龍は、パソコンの画面をじっと見つめて資料を作っていました。


「アユム、パパが最高のステージに立たせてやるからな」


 卓上にある写真立てに入れられたアユムという名の少女の写真に徹夜三日目の午前零時とは思えないほど爽やかな笑顔を向けた龍は、再度パソコンの画面に向き直り一秒間に十文字の速さでキーボードを叩き、この三日間で二十個目の企画書を作っていました。


「これで完成」


 自分の頭の中にあった企画を全て企画書として作り終えた龍が清々しい気持ちで椅子から立ち上がると、背後から強めに肩を二度叩かれました。


「三日間一睡もせずにお仕事お疲れ様です。なんて言うと思ったか、この大馬鹿者がぁ!」


 龍が務めている和水プロダクションの事務員で龍の妻でもあるクロエは右手を大きく振りかぶって龍の左の頬を思い切りぶちました。


「何故だ?」


「何故だ? じゃねぇよ。何が『アユム、パパが最高のステージに立たせてやるからな』だ! おのれはアユムの担当プロデューサーじゃなかろうがぁ! アユムのための企画書に三日も時間を費やすくらいならおのれが担当しているアイドルの為に仕事せんかい!」


 クロエは今にも角が生えてきそうなほどの鬼の形相で龍を怒鳴り散らしました。


「クロエさん、僕は和水プロダクションでプロデューサーという偉そうな肩書で仕事をしているのだから自分の担当アイドルの事は誰よりも思って仕事をしている。同時に父親としてアユムの事もアユムの担当プロデューサーよりもアユムの事を思っているけど」


 思い切りぶたれた左の頬をさすりながら恥ずかしげもなくそう言い切った龍は机の引き出しから紙の束をいくつも取り出して机の上に置きました。


「まさか、これ全部アユムのための企画?」


「その通り! と言いたい所だけど、アユムのために作った企画書はこの三日間で作った二十個だけだ。残りの二百個は僕が担当しているアイドル十人のための企画書だ。一人あたり二十個ずつ。アユムには言えないけど、担当アイドルは僕にとって娘みたいなものだから」


 またしても、恥ずかしがる様子もなく清涼飲料水のコマーシャルを思わせるほど爽やかな笑顔でそう言い切りました。

 そんな龍があまりにも馬鹿馬鹿しすぎてクロエは意図せず大きな溜息をこぼしてしまいました。


「そんなにアイドルむすめを愛しているのなら、何日も徹夜なんかしていないでアイドルむすめのためにしっかりと休みなさいよ」


 クロエは娘の事ばかりで自分にはしばらく見向きもされていないことにムッとしながらも旦那の体調を気遣ってそう言いました。


「クロエさんの言う通りだな。僕が倒れてアイドルむすめたちに心配をかける訳にはいかないから今夜はゆっくりと眠ることにしよう」


 そう言って大きな欠伸をした龍はその欠伸がうつってしまったクロエと共に三日振りにベッドの上に横になって三日振りの睡眠をとりました。



***



 アイドルむすめ思いのプロデューサーとプロデューサーだんな思いの事務員はこれから作り過ぎてしまった企画に振り回されてしまうことになってしまうのですが……


 それは、また別の機会にでもお話させていただくことにいたしましょう。




語り手 古本屋栞

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