シジマヒビキ
#18
四月上旬。この度めでたく二年生へと進級したシジマヒビキという名の少女はとても重い足取りで通学路を歩いていました。
「はぁぁぁ」
家を出てからもう二十八度目になる大きな溜息を吐いたヒビキは両目を覆う前髪をかきあげて校舎を見つめると、二十九度目の大きな溜息を吐きました。
「おはようございます」
「ます」
校門の前で挨拶を行っている生徒会役員に雑に挨拶を返したヒビキは視線を地面に落としながら生徒玄関へと向かいました。
「はぁぁぁぁぁ」
「はぁ」
ヒビキが生徒玄関で上靴に履き替えながら本日一番大きな溜息を吐いていると、偶然ヒビキの横を通った少女も小さな溜息を吐き、ヒビキはついその少女を見つめてしまいました。
「……」
「ご、ごめんなさい!」
何も言わず、何も考えず、ただジッと見つめるヒビキと目が合ってしまったその少女は、ヒビキに謝罪をすると小走りで走り去ってしまいました。
「何故謝る? 目つきか?」
少女を意味もなく謝らせてしまった理由を考えていると、足元に先ほどまでは無かった薄桃色の可愛らしいデザインのハンカチが落ちていることに気が付きました。
「あの子の……」
拾うべきか、見なかったことにするか悩んだヒビキでしたが、落とし主が明らかなものをそのままにしておくのは気が引けたので拾うことにしました。
「さて……」
拾ったのは良いのですが、ヒビキはあの少女の顔以外の特徴を全く記憶していませんでした。
「はぁぁ」
学校に登校することだけでも十分面倒くさいと感じているヒビキにとって見ず知らずの他人の落とし物をどこにいるのかもわからない落とし主を探して返してあげるという行為は心の底から面倒くさいことでした。
「うちの学年には……いたか?」
自分の学年だけでなく去年から顔ぶれの変わらないクラスメイトさえも顔と名前が一致していないヒビキは開始数十秒で捜索を諦めたくなっていました。
「ハンカチだし、トイレの前で待つか」
人との繋がりがほとんど無いヒビキにとってこれ以上ない名案が浮かび、ヒビキは早速自分の学年の女子トイレの前に行きました。
「はぁぁ」
何もせずにいる時間ほど暇な時間は無く、ヒビキは何度も小さな溜息を吐きながら少女を待ちましたが朝礼の時間が近づいても少女が現れることはありませんでした。
ヒビキは一時間目が終わってすぐ再びトイレの前へ行き少女を待ちましたが、やはり少女が現れることはありませんでした。
二時間目が終わってすぐに教室を出たヒビキは少女が二年生ではないと判断して、一年生が使用する女子トイレの前へ向かいました。
「ここに居るのは不審か」
ただでさえ学年が違うというのに女子トイレの前に立つのはあまりに不審すぎると判断してトイレから少し離れた人目に付かない物陰に潜んで少女を待ちました。
しかし、いくら待てども少女が現れる事はありませんでした。
三時間目が終わってからもヒビキはすぐに教室を出て一年生が使用する女子トイレから少し離れた人目に付かない物陰に潜んで少女を待ちました。
またしても少女が現れる事は無く、ヒビキは他人のために真剣になっている自分がバカらしくなってきていました。
「戻ろう」
そう呟いて物陰から出て人目に付かないルートで教室へ戻ろうと、理科室や視聴覚室のような特別教室が並ぶ特別教室棟へ向かうと朝からずっと探していた少女が一年生の教室へ向かってトボトボと歩いて来ていました。
「見つけた」
「ひっ!」
ヒビキが小声でつぶやくと、その声が聞こえてしまったらしい少女は不良を見るように怯えた顔と小さな悲鳴を出してヒビキの前から走り去ってしまいました。
「一年生か」
誰もいない空間でヒビキはそう呟きました。
四時間目が終わり、昼休みが始まると、先ほど少女の学年を突き止めたヒビキはすぐさま一年生の教室がある一階へ向かいました。ヒビキの教室では休憩時間はいつも机に突っ伏して近寄るなというオーラを出しながら寝たふりをしているヒビキが今日は機敏に動き回っていることがクラスメイトの間で話題になっていましたがヒビキはそんな事は気にしませんでした。
「居ない。居ない。居ない。居ない。居ない」
一年生の全教室を覗いてみましたがヒビキの探している少女はどの教室にも姿がありませんでした。
「間違いなく一年生だけど……」
一年生が使用する女子トイレから少し離れた人目に付かない物陰に再び潜んだヒビキは少女の特徴を思い出しましたが、制服のタイの色や上靴の色といった特徴は何度思い返しても一年生しかありえない特徴でした。
「さっき特別教室棟から歩いて来たって事は……」
少女の身体的特徴ではなく、行動特徴から推理をしたヒビキは特別教室棟へ向かいました。
「開いてない。開いてない。開いてない。開いた!」
特別教室棟の教室の扉を順に調べたヒビキは、唯一扉が開いた昨年まで第二視聴覚室だった現空き教室へ入りました。
「ひぃ!」
「やっと見つけた」
教室の隅でお弁当箱を広げて小さくなりながらお弁当を食べていた少女はヒビキが扉を開けた途端小さな悲鳴を上げてプルプルと震えていました。
「怖がらないでよ。悪さをしようって訳じゃないし」
「あの、二年生の人ですよね? わ、わたしに何か用ですか?」
「これ、落としたでしょ?」
ヒビキはまだプルプルと震えている少女に少しずつ近づいて薄桃色のハンカチを差し出しました。
「あ、わたしの」
「はい。じゃあ、私の用事はこれだけだから」
そう言ってヒビキが立ち去ろうとすると、少女はヒビキのスカートの裾を掴んでヒビキを引き留めました。
「もう少し、もう少しだけ一緒に居てもらえませんか?」
「何で?」
「お礼をしていないので」
「別にいらない」
そう言って教室へ戻ろうとすると少女はヒビキの左手首をか弱い力で掴み、引き留めました。
「あの、わたしを助けてください」
「ごめん。無理」
出来るだけ人と関わり合いたくはないヒビキは少女に冷たく当たりました。
「私は助けられないけど、困っているなら生徒会に相談してみたら? うちの生徒会ってお人好しばかりで優秀だから何でも解決してくれるよ。例えばストーカー被害とか」
ヒビキは少女にそう助言して空き教室を出て行きました。
「はぁぁぁ」
空き教室を出るとヒビキは大きな溜息を吐きました。そんなヒビキの目の前に一年生の男子生徒が立っていました。
「あの、この教室に本願寺明日夢って子いませんか?」
「いないけど」
ヒビキは息を吐くかのように嘘を吐きました。
「嘘吐かないで下さいよ。さっきこの教室で誰かと話している声が聞こえましたよ!」
「君が一年生の何君なのか知らないけど、私はなんとか明日夢って子は知らない。そもそも君は、その子の何? ストーカー?」
「す、ストーカーな訳無いだろ! 俺は、明日夢の彼氏だよ!」
男子生徒が怒りをあらわにしながらそう告げるのを見つめながら、ヒビキは鼻で笑いました。
「悪事は働かないのが一番だよ。どこで誰が見ているかわからないから。特にこの学校では」
「先輩、訳わからない事言わないで下さいよ」
「あともう一つ、ヒーローは後からやって来る。嫌味なほどタイミング良く」
ヒビキはそう言うと男子生徒の後ろを指差しました。男子生徒が振り向くとそこには『生徒会』の刺繍が入った腕章を着けた女子生徒が三人立っていました。
「コメントは
「わかりました。さて、追田仁志君。君のクラスは午後から特別教室棟を使用する授業ではなかったはずだけれど、どうしてここに?」
ヒビキが去った後、男子生徒は生徒会長に特別教室棟に理由なく立ち入っていた理由を問われ、後に彼が薄桃色のハンカチの落とし主である少女のストーカーであることが判明しましたが、それが公になる事は無いまま少女のストーカー被害は解決し少女は何者かの視線に怯えることなく平穏な生活を送れるようになりました。
語り手 古本屋栞
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