キバソラ

#13

 普通の高校生であるキバソラには他の誰にも真似することができない長所がありました。

 それは、天文学的なレベルで運が良いということでした。

 その長所唯一のデメリットそれは、その長所が誰にも気づかれないという事でした。その長所を持っている本人でさえも。

 そのおかげなのか、キバソラは生きているだけで幸運に恵まれるという夢のような人生を謳歌していました。


***


 余談ではありますが、ここで運に関する話を挟ませていただきます。

 この世界は陰と陽、プラスとマイナス、黒と白の様に相反する存在がバランスを保つことで均衡を保っています。

 運も例外ではなく、不幸が続けば世界は均衡を保つために幸せを増やします。その逆もまた然り……つまり。

 閑話休題。


***


 キバソラがこの世に生を受けてから十余年もの間この世界の運は幸せに傾き続けていました。

 傾き続けたバランスの調整は何の前触れもなく起こりました。

 原因不明の黒雲が大空を覆い隠し、その黒雲の中からどの国のものでもない超巨大な飛行船が不気味な汽笛を響かせながら現れました。

 その汽笛は運良くその飛行船が目視では確認できない程度に離れた土地に居たキバソラの耳にもはっきりと聞こえるほど大きな音でした。

「この惑星を占有している知的生命体に告ぐ。たった今、この惑星は我々イーヴィルの実験場に選ばれた。お前たちが選ぶべき道は二つ。我々の実験動物になるか、我々に抗いその生涯に幕を閉じるか。この惑星を占有する程度の知能を持っているとはいえすぐに答えは出せないだろう? 一週間の猶予を与えてやろう。その間にじっくりと考えることだ」

 キバソラの住む地球に暮らす全ての人間の脳内に直接語りかけられたその声はたった数分で平和だったこの地球に大きな混乱をもたらしました。

 初日はテレビもラジオもSNSも突然現れた飛行船と脳内に直接語りかけられた宣戦布告の話題で大騒ぎになっていました。

 二日目は某国が飛行船への攻撃を仕掛けました。しかし、飛行船には傷一つ付くことはありませんでした。

 三日目は前日の行動が世界的なニュースとなり、その結果を知った全人類が絶望しました。

 四日目、飛行船へ攻撃を仕掛けた戦闘機に搭乗していたパイロットの家族を名乗る人物のSNSにパイロットが飛行船の攻撃によって殉職したという投稿がされ世界に新たな恐怖を植え付けました。

 五日目、SNSを中心に多くのデマ情報が拡散されるようになり人類は自分以外を、自分自身さえも信じられなくなってしまいました。

 六日目、イーヴィルが手を下すまでもなく人類は急速に数を減らしていきました。

 七日目、覚悟を決めた者と奇跡を信じる者、行動することが出来なかった者が残っていました。キバソラは行動することが出来なかった者として残っていました。

「さて、約束の時間だ。この一週間のお前たちの行動には楽しませてもらった。我々に対しての抵抗が弱すぎたのにはがっかりだが、自らで自らを陥れる滑稽さに免じてその点に関しては目を瞑ろう。無駄話はこのくらいにして……」

 一週間前と同様にその声は全人類の脳内に直接語りかけました。

「実験開始だ」

 最後の一言が告げられると、飛行船から地球に生存している全ての人類をターゲットとした闇の光という矛盾した存在が放たれました。

 闇の光を直撃した人間はその姿のまま闇に包まれ、立体化した影のような姿に変わり、人間としての能力は残っているものの人間としての記憶は全て消え去ってしまいました。

 キバソラも例外ではなく、立体化した影のような姿に変わりました。が、運の良いことに人間としての記憶は一切消えることなく残っていました。

「これは、一体?」

 自分の身に起こったことに唯一疑問を抱いたキバソラはふと顔を見上げました。するとそこには、五メートルほどの真っ黒な西洋風の鎧武者がキバソラを見下ろしながら凛とした立ち姿で立っていました。



 不幸にも影になってしまったキバソラの前に現れた西洋風の鎧武者。何故、キバソラの前に現れたのか……。

 また近い将来語る事に致しましょう。


語り手 古本屋栞

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