#11

 『もしも』の世界に迷い込んでしまった彼、ヒカワヒナと彼女、ヒカワヒナ。

 『もしも』の世界の悪戯によって普通では体験することの出来ない非日常を体験してきたヒカワヒナ。

『もしも』の世界を出たヒカワヒナの物語。

 最後にもう少しだけ語らせていただきます。


「ただいま」

 彼女は久しぶりにその言葉を口にした。彼という一時的な家族が出来てもその言葉を言った事は無かったが、何故だか今は十数年振りにその言葉が自然と出て来ていた。

「お帰りなさい」

 家の中から返ってきたその言葉に彼女は驚きながら、何となくだけど理解した。

「栞ちゃん」

 彼女は目を丸くしてわたしを見つめた。幼馴染とはいえ、まさか自宅にわたしがいるとは想像もしていなかったのだろう。もしかしたらまた別の『もしも』の世界に迷い込んだと勘違いしていたのかもしれないが、今のわたしにはわからない。

「陽奈、随分と帰って来るのが遅かったね。生徒会の仕事?」

「どうして? ……って、あぁ」

 『もしも』の世界に一ヶ月もいたのだから忘れているのも当然ではあるが、今宵はいつも一人きりで食事をしている彼女にわたしの手料理を振る舞う約束をしていたのだった。

「もうご飯できるから早く手洗いとうがいして来て」

 わたしが料理をテーブルに並べている間に恐らく冷水で手洗いとうがいをしたのであろう彼女はいつも通り制服を廊下に脱ぎ散らかして兄のようであり、弟のようであった彼の前では絶対に着なかった中学校時代の学校指定ジャージに身を包みリビングへ戻って来た。

「陽奈、落し物」

 脱ぎ散らかされていた彼女の制服から零れ落ちていた『きっぷ』をわたしは拾い上げ彼女にそう声を掛けた。

 彼女に『きっぷ』を渡す前に『きっぷ』を見てみると裏側に印字されていた往復券は残りが0回になっていたが、その上からクレヨンのようなもので斜線が引かれていて、幼い『彼』の字で『きげん えいえんにゆうこう』と書かれていた。

 やはり『う』は鏡文字になっていた。

「陽奈、これ大切なものじゃないの? 仕舞って来たら?」

「うん、そうする」

 また使う日を夢見ながら彼女はその『きっぷ』を机の中に大切に仕舞いこんだ。


 『もしも』自分と全てが真逆の自分が現れたら。

 そんな自分と二人きりで生活をすることになったら。

 そんな事が起こるはずが無い? そう言い切れるでしょうか?

 耳を澄ましてみてください。聞こえてきませんか? 『もしも』の世界に誘う列車の汽笛が……。


語り手 古本屋栞

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