#3

 彼は、イチジョウマクラは追っ手から逃げる中、自然の悪戯によって深く暗い谷底へ転落しその生涯に終わりを告げたはずだった。

 しかし、その魂は光を吸い尽くすほど真っ黒な金属で出来た人型自立戦闘兵士へ宿り全世界、全宇宙、全次元を悪意で満たし支配しようとする研究者の忠実な部下として生きる道を進んだ。


 マクラの魂が人型自立戦闘兵士へ宿ってから数百年の月日が経ち、研究者の彼がマクラと共に立ち上げた『イーヴィル』という名の組織は少なくとも全宇宙から危険視されるほどの規模へと成長していた。

 マクラは最高幹部としての地位を手に入れ、研究者であった現イーヴィルの首領ダークネスとは別の次元で悪意による世界の支配に尽きることのない時間を費やしていた。

「ダークネス様はいらっしゃるか?」

 マクラはイーヴィルの本部がある次元へやって来ると、首領の間を守護するイーヴィルの兵士に声を荒げながらそう尋ねた。

「いらっしゃいますが、首領様へのアポイントの方は?」

「ワタシがダークネス様へお会いするのにアポイントが必要か?」

 イーヴィルの組織内で首領の名を呼べるものが居ない中で唯一その名を呼ぶマクラの地位を悟ったその兵士は恐怖から言葉を失った。

「入るが良いな?」

 兵士は声を出せない代わりに大きく首を縦に振り、首領の間の大扉を開いた。

「失礼致します」

「久しいな、マクラ」

「ダークネス様お久しぶりです。最後にお会いしたのは二百五十年ほど前になりますか」

「それほどの月日が経っていたか。わざわざ次元を超えてまで世間話に来た訳では無いのだろう? マクラも組織の上に立つ者、あまり時間を割くことも出来まい。早速本題を聞こう」

 ダークネスは表情の無いマクラの表情を見抜いているかのようにそう告げた。

「では、お言葉に甘えさせていただきます。ダークネス様、何故ワタシの家族が居る次元へ兵を向けたのです。ダークネス様はワタシに『家族の居る次元の侵略はしないと約束する』と約束してくださったではないですか。だからワタシは今日までダークネス様の野望の為に……」

「マクラよ、事実はどうあれ私の指示ではない」

 ダークネスは一切声色を変えることなくただ一言そう告げた。

「しかし、侵略を行っているのはダークネス様の直属の部隊ではありませんか!」

「マクラ、二度も言わせるな。私の指示ではない。つまり、お前の指示ひとつで進行を止めることは出来るはずだ。それにマクラならば部隊を一つ潰すくらい容易いだろう?」

「……良いのですか?」

「あくまで、マクラの言葉に耳を貸さなかった場合の手段だ。良いな?」

「もちろんです。では、ワタシは早速向かいます」

「マクラよ」

 マクラが首領の間を後にしようとダークネスに背を向けるとダークネスはマクラを呼び止めた。

「これを渡しておこう」

 ダークネスはそう告げると日本刀の様に刀身の細い剣をマクラに投げ渡した。

「ダークネス様、これは一体?」

「先日、数百年ぶりに顔を見せた提供者から受け取ったものだ。解析をしてみるとマクラ用にカスタムされているようでな。彼女の目的はわからぬが万が一の時に役立つだろう」

「万が一の時ですか。保険として受け取らせていただきます」

 マクラはダークネスから授けられた剣、イヴィルセイバーを手に首領の間を後にした。


 イヴィルセイバーを手にして人間だった時の世界を救いに向かったイチジョウマクラですが、彼の物語を語るのは一旦ここまでと致しましょう。

 この続きはいずれまた語ることになるでしょう。彼の物語は数百年の時を経てようやく起承転結の起を終えた所なのですから。


語り手 古本屋栞

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