#1

 灰被り姫の魔法が解ける刻、彼は息を切らしながら駆けていた。

 彼は借金を背負っていた。初めのうちは少しであった。しかし、返済してはまた少しと借り続けている内にその額は増え、いつしか彼の収入では返しきれないほどの額へと借金は膨れ上がり、来月には、来月には必ずと返済期限を先延ばしにして行くうちに多額の利子が上乗せされ、彼は反社会的勢力に追われる立場へとなってしまっていた。

 最初はコンクリートジャングルであったが追っ手を撒くことが出来ぬまま、ビル街は住宅街へと変わっていった。終わりの見えないかけっこが始まってから二時間が経つと辺りから人工的な明かりは消えて、夜空に浮かぶ満月だけが薄暗い森を駆ける彼らを照らしていた。

(そろそろ、限界だ)

 持久走に自信があるとはいえ、一時間を超える持久走は学生以来である彼の足は限界を迎えており、ろくに準備運動もせずに動かした足の感覚はほとんど無くなっていた。

(嘘だろ?)

 彼らにとって唯一の明かりであった満月が雲に覆われ、彼らは闇に覆われた。彼はそんな中でも足を止めることなく両手を前に突き出し、障害物を検知しながら走った。

 しかし、自然が味方したのは彼でなく追っ手の方であった。

 彼が痛みに耐えながら左足を前に出した瞬間、彼の足元から地面が消えた。

 それを待っていたかのように満月を覆っていた雲が晴れ、彼は自分が崖に転落していることに気が付いた。しかし、時すでに遅く彼は嬉しそうにほほ笑む追っ手に見つめられながら谷底へと落下した。

 彼が物言わぬ状態で発見されるのはそれから三カ月以上後のことになる。


 本来なら彼……イチジョウマクラという男の物語はこれにてバッドエンドとなるのだが、彼の物語は第二章という形で開幕することとなる。

 この続きはまたいずれ。遠くない未来で。


語り手 古本屋栞

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