第1151話 真逆の存在


 アシュラがプレイヤーと戦っていた柱とちょうど反対の位置を守っていたのは、もう一人のゾンビ、いやゾンビスライムのゾムだった。


 ゾムは大勢のプレイヤーたちを前にしてただ、立っていた。


 ゾムに知能はほとんどなく、ただそこには生存本能があるのみだった。


 その生存本能とは、ゾンビの感染とスライムの分裂が組み合わさった、感染分裂というべき代物だった。感染と分裂、あるいは分裂と感染を繰り返し、ただただ生存していく、それだけだった。


 故に敵が多数であればあるほど、その真価が発揮される。


 最初の犠牲者は、若い大学生くらいの男だった。


 自分の能力に自信があったのか、はたまたただの考え無しか、ゾムに片手剣を引っ提げて突撃してきた。


 それに対してゾムは特に何をするでもなかった。正面からモロにその男の袈裟斬りをくらった。


 直後、その剣が腐敗しボロボロに崩れ落ちた。当然、ゾムに斬撃は効かない。


 一瞬にして先ほどまでの自信を失ってしまった男は逃げるでもなく、追撃をするでもなく、その場に立ち尽くした。それが一番の悪手だった。


 ゾムが近づき、男を覆い、そして二人になった。


 そこからは倍々ゲームの始まりだった。


 立ち向かうもの、逃げ出すもの、動けぬもの、それら全てを押し寄せる波のように呑み込み変色させていった。そしてまた一つになった。ゾムは個にして群である。


 そんな中、一人の勇敢な騎士が現れた。


 その男は今までのプレイヤーたちとは違い、強そうな防具に身を包み、強そうな武器を構えていた。身のこなしを見ても、実際のスキルもちゃんとありそうだった。


 ここで、対多数が得意なゾムに対し、強力な単騎は意味を成すのか? という疑問が生じるだろう。


 答えは否、だ。


 何故ならどんな強力な駒であっても、ゾムを一撃死させることは実質的に不可能だからだ。


 ザクっ、と騎士の槍がゾムに突き刺さる。聖属性でも付与されているのかその穂先は腐敗していない。続け様に連続突きが繰り出される。ゾムは全てを受け止める。最後に騎士から神聖魔法が放たれ、ゾムの全身が聖なる光に包まれ、浄化されたかに見えた。


 だがそれも一瞬、次の瞬間には騎士の背後に回っていたゾムが哀れな男を覆い尽くした。


 正確には背後に回ったという表現は不適切だ。ゾムはただ、穂に付着した視覚では捉えきれない小さなゾムがある一定の形を取り戻したに過ぎない。実は他にも見えない小さなゾムは今まで訪れた多くの場所に転々とする。そこれこそ本人も含め誰も把握できていないほどに。


 ゾムを倒すにはそれらを同時に滅せなければならない。それが実現される時は恐らく世界の崩壊だろう。まあ、宇宙空間でも平然と生きてけそうではあるのだが。


 まあ、言うなればゾムは無限だ。ゾムに何を足しても、何を引いてもその性質が変わることはない。


 ゾムは今日も今日とて今日を生きるために生きている。


 深淵はゾムの奥深くに眠っている。

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