第971話 押し逃げ


「ちょ、ちょっと待つですわ!」


 俺が無視したプレイヤーはまさか、付いてきてきやがった。あんな言い方をしたんだからてっきり心が折れてもうそこで寿命を迎えると思っていたのだが……その心意気だけは賞賛に値するな。


 ただ、こちらからしては迷惑極まりない。


「じゃ、邪魔はしませんわ! ただ、あなたの後ろをたまたま付いていくだけですの、だから文句ないでしょう?」


 おっと、これはまた凄い暴論だな。この人はもし現実でストーカーしててもたまたま後ろを歩いていたって言うのだろうか。あ、でも現実なら女の方が被害者っていうイメージがあるからいけてしまうのか? それはそれで嫌だな。


 ってか、現実ではストーカーなんてするはずないか。


 ただ、ここからどうするかは非常に悩ましい。なぜなら俺は誰にも遭遇しないつもりでいたから今の姿はただのプレイヤーの姿だ。それも頂上決定戦仕様の。つまり、目の前のプレイヤーを含め誰かに見られたらバレてしまう危険性があるのだ。


 まあバレるだけならいいが、戦い方を見られることで魔王との共通点を見出されるのが一番最悪だ。コイツがいる以上もう従魔は使えないし、分かりやすい魔法なんかも使えなくなるだろう。


「「……」」


 そんなことを考えていると気まずいムードが水中を漂い始めた。そりゃこんなところで他人と二人きりになんかなった経験はないし、そもそもここ何年間も人とまともに会話した記憶がない。


 だから俺からしては無視するしかないのだ。俺はそれで別に気にならないのだが、向こうがソワソワしていることに気が散るのだ。あー、マジで早くどこかに行ってくれないかなー。


 もういっその事殺してしまおうか? いや、流石に無意味に殺人者になるのは嫌だな。せめて正義ではないにしてもそれなりの理由が欲しい。


 にしてもぶつくさぶつくさ五月蝿いな、誰かとチャットしてるのか? って、この口調、そして声どこかで聞いたことあるような?


 いや、まさかな、俺に女性の知り合いがいるとは思えないし、今まで聞いた誰かしらの声に似ていただけだろう。同じ顔がこの世に三つあるなら、波さえ合致すれば良い同じ声は五万とありそうだ。


 そのまま何事もなく奇妙なパーティ? は最下層へと思われる場所に到着した。そこには何やらとても立派な武器が置いてあった。


「これは……トライデント?」


 確かに海の武器といえばトライデントって感じはするが、それにしてもごんなデーンとまるで取ってくださいと言わんばかりに放置されてるか? 一応取ってつけたような台座の上には乗っているがなんか怪しい。あ、そうだ。


「はい、これ。これがあれば多分一人でも脱出できるだろ? じゃ俺はこれで」


 俺は小声で隠遁と纏衣無縫を発動した。あのプレイヤーからしたら目の前にいたのに急に消えたように見えるだろう。ってか、最初からこうしておけば良かったな。


 そして何故俺がトライデントを渡してしまったのかというと、第一に武器にはそこまで困っていないというのと、何より怪しかった。ちょうど押し付ける相手がいて良かったぜ。


 そして、俺はトライデントよりももっと気になることがあった。それは、泡だ。

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