第972話 初の敗北


 泡がそのトライデントが置いてあった台座からほんの少しずつだけ漏れ出ていたのだ。泡が出るということはそこに空気が存在しているということであり、空気があるということはつまり空間が存在しているということだろう。


 俺は纏衣無縫・改を発動しながらゾムを召喚し、人魔一体を使った。そうすることで俺はスライムの身体を手に入れることができる。


 そして、スライムはどんなに小さい隙間でもそこに隙間があれば侵入することができるのだ。ちょっとこの穴が小さくて時間がかかったのだが、俺はなんとか下の階に到着できた。


 そこは先程までのように水中エリアではなく、綺麗な水色の壁に囲まれたただの空間だった。久しぶりの空気を堪能していると、目の前に先ほどとは比べ物にならないほどのご立派な台座に目が留まった。そしてその上には、石板が鎮座していた。


「ん、これはなんだ?」


 なんでこんなものがこんな所にあるんだ? パッと見だとさっきのトライデントのほうがよっぽど価値あるもののように見えるんだが。


 だが、近づいて見てみると、石板からは只ならぬオーラが放たれているのを感じた。これは、親王悪魔にも匹敵するオーラだぞ? もしかして海の王、だったりするのか?


 これは、破壊するか俺の力にするか二つに一つだな。これを見つけてしまった以上、誰の手にも渡す訳にはいかない。とりあえず俺がこれを保管しよう、そう思い手を伸ばした時、


「待って!」


 さっきも聞いた声が聞こえてきた。俺は正直思わずにはいられなかった、またかよ、と。


 だがそれと同時に計り知れない違和感を再び感じた。だって、俺はさっきアイツの前で完全に姿を消したのだ。それなのにも関わらずなんで俺がここにいることを知っているんだ? しかも、待って、ということは俺が何かをしようとしていることを知っている、ということだ。


 つまり、俺の知らないことを相手は知っているということだ。


 だが、そうやって考えると辻褄が合う。この人間に会う直前にも変な敵の行動や謎の光といった違和感があったのだ。それらを全部このプレイヤーが起こしていたら? 合点がいく。これは確かめねばならないだろう。


 俺は背を向けたまま、質問を投げかけた。


「お前は何者だ?」


「その前に、私はあなたの正体に気がついてしまいましたわ」


 っ!? 俺の正体? 俺が頂上決定戦の優勝者であるということか? いやそれは見ればわかることで別に隠していることではない。ならば俺が魔王であるということか?


 はっ、そうか。相手はなんらかの方法で俺の行動を知ることができている。それはここにアイツが現れたことからも分かる。そしてその方法を使って、海馬と一緒にいるところを見られたというわけか。


 クソ、じゃあさっきのやり取りは何だったんだ? 演技だったのかよ。どうする?


「ほう、それでどうするのだ?」


「……バラされたくなければ、今日のところは何もしないで帰ってくださいません? それでお互い手を引きましょう」


「俺がこのまま帰るとでも?」


「あら、バレるの怖くないんですの?」


 くそ、万事休すか? 普通に考えたらバラされないようにここで撤退するべきなんだろうが、それでバラさないという保証はないし、すぐにはバラされなくても熱りが冷めたら吹聴されるかもしれない。


 だからと言って何かするのもアウトだし……クソ、メガネくんが居れば、今から意見を聞いてもいいが一から説明するには時間がかかり過ぎる。


 やはりこちら側の情報が少な過ぎるな。主導権を向こうに握られてしまっているのだ。ここは諦めるしかない、か。


「分かった、今日のところは引こう。だが次はない」

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