第965話 苦


 海馬を召喚してからというもの、俺の海底神殿攻略はこの上なく順調だった。もはやこんなに順調でいいのだろうか、と思うほどだった。


 全ての敵は基本的に海馬が丸呑みにするから俺は何もしなくていいのだ。数が来ても一番初めのように九つの口をフル稼働すれば余裕だし、大きな敵が来たとしてもそれは海馬より大きいという意味ではない。


 ブレスを吐いたり、シンプルに噛み付いたりして海馬が美味しそうに頂いていた。


 このダンジョンの天敵は海馬だったようだ。俺は海馬の上に乗ってあくびをしながら観戦していた。そのくらいの余裕加減だった。そう、だったのだ。


 だが、ある時を境に潮目が変わった。三回目の階段を降り後だっただろうか? まずその階の雰囲気が明らかに変わったのだ。そこで、ん、と思ったのだが気にも留めずにいたら、敵の動きが変わったのだ。


 敵は最初と同じようなたくさんの小魚だったのだが、動きが隊列を成した動きだったのだ。まるであの有名な黒魚の物語のように。


 大きい魚を相手にするのと、小さい魚が大きい魚のように動いているのを相手にするのでは難易度が桁違いだった。それは、噛み付いた時に判明した。普通なら噛み付けば魚の動きは止まる、だが群れを成している魚の大群を止めることは不可能だ。


 いかに海馬に九つの首があろうとも、ちょこまかと動かれれば狙いを定めづらいし、そもそも対象を一つにも絞りにくい。海馬はかなり苦戦しているようだった。


 それに、海馬にはもう一つ苦戦する理由がある。


 それは完全に俺が悪いんだが、海馬は元々ただのタツノオトシゴで、捕食者ではないのだ。そして俺が進化させて捕食者側に回ってからは主に陸上、もしくは水中であっても食べる餌が存在しない環境で生活してきた。


 つまり捕食することに慣れていないのだ。だが、それでも今までは対応できた、九つの口と圧倒的な自力の差を使うことによって。


 だが、こういう群れを成す相手というのはしたことがないはずだ。普通なら自然の海にもいるはずで、そこで生きている生物なら群体魚の食べ方を知っているのだろうが、海馬はそうではないのだ。まさにこれこそが海馬が苦戦する理由だ。


『おーい大丈夫かー?』


 まあこれは俺のせいでもあるし、いや俺のせいではなくとも従魔が困っていれば俺が助ける必要がある。


『はい、大丈夫でございます。まだ、私戦えます。【原始の息吹】!』


 海馬は九つのブレスで小魚たちを一掃した。一度にかなりの数減ったからか、小魚たちの隊列が意味を成していなかった。つまり、ただの小魚対大怪獣の構図ができたというわけだ。


 そこからは一方的だった。小魚が集まればブレスを放ち、散り散りになれば一匹ずつ、いや九匹ずつ捕食していった。


 ……冷静に考えれば海馬が負ける通りなんてないよな、地力が違うんだし。そもそもコイツ龍だぞ? 魚に負けてたら解雇もんだ。しかし海馬は頑張ったという認識なのか、とても褒めてもらいたそうにしていた。


『よし、よく頑張ったぞ海馬。だが、まだ終わってはいない、引き続ききを引き締めていけ』

「はい、かしこまりました』


 口ぶりでは落ち着いているが、尻尾がぶるんぶるん振られているぞ? お前からだ大きいんだからちょっとは気をつけろよ? なんか軽く海流が発生しているんだが。

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