第896話 本当の脱皮


『ご主人様! なんかヤバい奴がいます、キシャア!』


 おいおい、いつもの文末の鳴き声で威嚇するな。ただでさえ、無いものとして無視するのに労力使ってるのに、そんなに存在感を出された突っ込まずにはいられないだろう。


 それに、焦り過ぎてヤバい奴、としか説明できてないぞ? ってか、アスカトルがそんなに焦るって結構ヤバいよな? これは話をちゃんと聞かないとダメだな。


 最悪、俺が様子を見にいかないといけないかもしれない。


『落ち着けアスカトル、どんな敵でどんな攻撃を使っているんだ?』


 俺がダメージを肩代わりしているとは言え、相手を倒せないとなれば危険な状態は変わらない。相手の情報を集めて対策を講じる必要もあるだろう。


『キシャ。相手は盾使い一人と魔法使い二人の構成で、私たちの攻撃を全て防ぎ、強力な魔法を放ってくるのです。しかも、その反撃が私たちを攻撃するのではなく、足止めに徹されているんです』


 なるほど、攻撃が効かないと分かれば次は足止めに専念する、ということか。頭がいいプレイヤーがいるみたいだな。いや、俺が馬鹿なだけか?


『……よし、脱皮しろ脱皮。殻だけ置いて敵の目を誤魔化し、戦線離脱するんだ。もともとの目的は敵の殲滅じゃない、敵に抜け殻の拘束をさせ時間を稼ぎ相手の疲弊を待てば確実に勝てるはずだ』


 よし、これで俺も馬鹿では無いだろう。なんなら一枚上手と言ってもいいだろう。ん、そう言えば蜘蛛って、、、


『脱皮、ですか、キシャ??』


 もしかして、脱皮しないの? いや、だってほらセミとかするじゃん? ってことは虫はするってことだろ? ってことはほぼ虫の蜘蛛もできるだろ!?


 そ、それにヘビもするじゃんか。ヘビと蜘蛛って同じ毒使いだし、なんか雰囲気似てるからイケるよな??


『も、もしかして、できな……い?』


『できない、です。キシャァ……』


 いやだからキシャで感情表現をするな。そんな申し訳なさそうにしても俺は騙されないからな。


 って、結局できないんだよな。なんとなくできそうだと思ったんだが、そうか、まあ確かに蜘蛛の脱皮なんて聞いたことも見たこともないもんな。


『分かった。無理言って済まなかったな。じゃあ取り敢えず持ち堪えてもらってその間に次の策を……


『やります!』


「……え!?」


 アスカトルがキシャ、を言わなかった、だと? そんなことあるのか?


『ご主人様、私が必ず脱皮してみせます。ですので、暫し私にお時間をいただけませんか!?』


 脱皮? いやいや、もう既に脱皮してるじゃないか。今までのアスカトルを脱ぎ捨て、新たなアスカトルを手に入れているじゃ無いか!


 って、悪ふざけが過ぎたな。早く次の策を考えないと……


『ご主人様、脱皮に成功しました! ではこれから配下に脱皮を伝播させます。漸次脱皮が完了されると思います。いかがですかご主人様?』


 その声はとても誇らしそうで俺に褒めてもらいたそうだった。確かに、アスカトルは脱皮したんだ。しっかり褒めてあげないとな。


『アスカトル、よくやった!』


『あ、ありがとうございます、キシャッ!』


 ……ん、え? 本当に脱皮したの!?

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