第878話 信用と誘導


「陛下、これからどうしましょう。もうこの屋敷には滞在できませんよね? どこか行くあてがあるのでしょうか?」


「うーむ、そうだな……」


 騎士長の提言に対して、王様が悩むそぶりを見せた。騎士長は言外に貴族のことを信用してはいけないと忠告し、王様は本当に信用に足るのかを吟味している、と言ったところだろう。口だけだったら誰でも味方だと言えるからな。


 でも確かに難しい問題でもあるな。なんせ王様たちはここを頼って亡命してきたわけだから当然他に行く当てはない。それなのに裏切られたのだからどうしたもんかと言うのが現状なんだろうな。


 騎士長も真面目なんだろうな、だが言わないほうが良かったのかもしれない。王様が物凄く困ってる雰囲気を醸し出している気がする。


 よっしゃ、フォローしますか。


「あのー、すみません。今、ここに安心して滞在できるかどうかで悩んでいらっしゃると思うんですが、」


 そう言って俺は唐突に話し始める。そして、話の方向性をこの貴族が信用できるかどうかではなく、ここが安全であるかどうか、にしれっとすり替える。まあ、これも大事なことだから怒られはしないだろう。


 これは騎士長の真似で、言外にこいつが信用できるかどうかは一旦置いとこうぜ、と言う意味だ。


「もしここの安全性が心配なのでしたら、私の方から護衛の人員を増やす手配ができます。それに、この貴族さんを一日中監視することもできますよ?」


「そ、それは本当か!?」


 まあ、俺がここで嘘を吐く理由はない。アシュラあたりを呼び出せば堅牢な守りができるし、アスカトルであれば配下なども使って四六時中監視網を展開できる。


 ただ、唯一の懸念事項は、俺もまた他人であること、そこまで信用に足る男なのか、と言う問題がある。


 まあ、俺の場合は命を助けたと言う手柄もあるし、見返りもはっきりしている。その点貴族なんかよりはよっぽどマシだろう。つまり、後一押しさえあればいける。


「ここを離れた後、行く当てもないと思いますので、それができるまでの間、ここに匿ってもらいましょう。そうすることで、この人がどれだけ信用に足るのかを間接的に図ることもできるかと思います」


 そして、迷っている人に対して現状維持の選択肢を与えることでそれに飛び付かせる。我ながらこれは良い誘導ができたのではないだろうか。


 貴族も俺もこれからの働きで判断してくれ、そう言うことだ。


「ふむ、いいだろう。だが、その護衛や監視と言うのは誰が行ってくれるのだ? まさか今すぐ、と言うわけでもあるまい」


 いや、それがあるんだな。


『アシュラ、アスカトル、来い』


 俺がそう念ずると、目の前に二人の頼もしい配下、いや仲間が現れた。ふふっ、ちょっとかっこつけ過ぎただろうか。これで間接的に俺の凄さも伝わると思うし、是非とも王様には無碍にしてほしくないところだ。

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