第870話 一人の時間


 寝ている、それは一見なんの情報も無いように思えることだが、それでも考えられることはいくらかある。


 そもそも、俺はこの貴族が首謀者と思っていたから、確実に起きているだろうと踏んでいた。人を殺そうとしているときにぐっすり眠れる奴なんてそういないと思ったからだ。


 だがこうして現に寝ているということはもしかしてこの貴族の差金ではなかったのかもしれない。あるいは、この貴族が豪胆な精神の持ち主なだけなのか。まあ、これに関しても今ここであれこれ考えても仕方のないことではるな。


 明日王様と一緒に直々に対面すれば分かることも多いだろう。その時が決戦の時となるだろう。しかし、その分王様たちを危険に晒してしまうリスクがある。騎士長と協力して絶対に守り切らなければならない。もういっそ騎士長も魔王勅命で洗脳しようかな?


 いや、やめとこ。やらないで済むに越したことはない。それに王様に加えて騎士長まで俺の支配下において仕舞えば流石に怪しまれるだろう。周囲に違和感を感じさせずに遂行する、これは大事なことだ。


「ふぅ……」


 俺は一息ついた。恐らく今の段階でできることのほとんどをやり終えたのだ。あとは朝を待つだけだ。民衆に反乱され、匿った先で命を狙われるって相当可哀想だよなこの王様。もはや俺の中ではただのいびきの五月蝿いおじさん、程度の認識なのだが。


 早く元の生活に戻って欲しいものだ。そして俺に便宜を沢山図って欲しい。


「……」


 あれ、これ、俺結局ゲーム内では寝れないよな? ってことは一旦ログアウトするしかないのか? もしログアウトして遅刻したらどうなるんだろうか。勝手にイベントが進んじゃうのか? こりゃ、ここで辛抱強く待つしかないようだな。


 幸い明日は休日だ、時間ならたっぷりある。


 まあ、友達もいない俺は授業をしっかり受けて毎学期一つも単位を落とさなくても時間がかなり余ってしまう。お金も仕送りの範囲内で贅沢をしなければ貯まっていく一方だし、娯楽がこのゲームというのは初期費用を除けば案外コスパはいいかもしれないな。無限に遊べるし。


 そういえば、なんで俺の視力は使い物にならなくなったんだろう。俺がハーゲンから墜落した後というもの、色んなことがありすぎて振り返る間もなかった。


 だが、冷静になって考えてみるとこのような結果になったというからには確実になんらかの原因があるはずだ。バグなら運営が対応してくれるはずだし、これだけ時間が経って何も変わりないということは、ちゃんと俺がゲームを真っ当に遊んでいる証拠だろう。


 その上で視力が衰えた、というよりもなくなってしまった。


 俺は現実世界では視力は普通で良くも悪くもない。だから視力が悪くなるという感覚があまり分からないのだが、そもそも視力ってどうやったら悪くなるのだろうか。んー、分からなんな。


 少なくとも俺にメガネか何かをかけた経験があれば話は別だったのだろうが……


「メガネ?」


 そうだ、俺に経験がなくて分からないのならば、経験のある有識者に聞いてみればいいじゃないか。それに、アイツは賢そうだから恐らく分かるだろう。


 俺はそんな適当な気持ちであのメガネ君に連絡した。


『おーい、メガネ君ー!』


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