第867話 軽度のパニック


「王様ー、王様ー」


 む、起きない、起きないぞ。俺は王様の耳元に小声で呼びかけたのだが一切反応がない。むしろまだいびきすらかいている状態だ。こっちはあんなに大変な思いをしてここまでやってきたのに、王様はノンレム睡眠ですか? 意地でも起こしてやる!


「起きてください、王様、王様っ!」


 俺は王様の肩を揺らしながら、徐々に声のボリュームを上げていった。流石にこれで起きなかったら睡眠薬を疑うレベルだ。


「フガッ! ん、な、何事じゃっ!」


 おい、今自分のいびきで起きだだろ。ここでも俺の努力を無駄にするのか! って、ここで軽口を叩いている暇はないな。


「しーっ、静かにしてください。今から重要なことをお話ししますので冷静になって聞いてください。先程、騎士長様の元へ襲撃がありました。寝込みを襲われたのです。なんとか間一髪私が助けることができたので、王様にも下手人がやってきていないか確認しに来た次第であります」


 王様に考える余地を与えないように、早口で捲し立てる。冷静になって考えられたら、俺が一番怪しいってことに気づきかねないからな。いびきの感じを見てるとアホそうだが、起きたら一国を束ねる王の顔になっているかもだからな。……見えないけど。


「な、なんじゃと!?」


「しーっ! 王様も狙われている可能性があります。恐らくここの貴族に嵌められたのだと思います。いかがなさいましょう、王様」


 ここで俺は二つ失態を犯した。


 まず一つ目は、王様に考える暇を与えないように早口で捲し立ててたのに、王様に意見を求めてしまったことだ。結局意見を求めたのならば、考える時間も同時に与えてしまう。


 そして、もう一つの失態は俺自身が何も考えずにここまで来てしまったということだ。俺自身、さっきも言ったように、この状況で普通に考えればここの貴族よりも余所者である俺の方が断然怪しい。その上で考える暇も与えてしまったのだから余計に不味い状態なのだ。


 どうしよう、どうしよう。視界も塞がっているからか、余計にパニックになる。くそ、俺が一番冷静にならなきゃいけないのに! あーもうっ!


「【魔王勅命オウノチョクメイ】!」


「ほゃ?」


 あ、やっちゃった。ま、いいか。最後に記憶も消せって言えば大丈夫か、多分。


 えーっと奥さん、じゃなくて女王? と娘さんは起きてないかな? かなり煩くしちゃったから起きてるかもしれないが……


 よし、多分大丈夫だな、うん。もし見られてたら俺ただの怪しいやつから、完全に怪しい奴へとグレードアップしてしまったし、やってしまったことも完全にアウトだ。


 ちょっと軽くパニックになってしまってやっちゃったが、もしかしたらこれは案外最善手なのかもしれない。ただ、あまりにも綱渡り過ぎるが。


 そして、まだ問題は解決してないな。まだ刺客が投入されるかもしれないが、それは俺か俺の分体が見張っておけば良いだろう。


 だが、一番の問題はこの屋敷の主人、名前も知らない貴族だ。そいつは俺らが死んでいると思っているわけだからな。それに、人を殺そうとしているときに気分よく寝ている、なんてことは流石にないだろう。


 ってことは、今も報告を待っている、そして待ちぼうけを食らい過ぎたら……


 ガチャ


 え、もう来たのか!?

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