第847話 逆位と長話
「ふっ」
一瞬、その声が俺の口から発せられたかと思った。そのくらいその声は余裕に満ちていたのだ。しかし、この場で余裕がある者って俺しかいないはずで、その俺はそんな鼻で笑うような音は出していない。ならば、誰が……?
「やはり貴殿は噂に違わぬ強さを持っていたようだ。しかし、私もなんの対策もなしに挑んだわけではない。私は自らの強さを信じていないのだ」
目の前の人間が喋り始めた。ってか、おいおい、お前心臓を貫通されてんだぞ? その状態でよく喋れるな。この感じ絶対話長い感じだろ。というかお前死んで無かったのか?
俺の懸念はバッチリ当たっていて、その男の話はまだまだ続いた。
「そこで私はある一つの対策を立てた。どうせ死ぬのならば私が死んだ時に確実に相手を殺せるようにすればいいのではないか、と。そう、俗に言う黒薔薇作戦だな」
黒薔薇作戦って……まあ確かにあの漫画のラストは衝撃的過ぎたけどさー。ん、ってことはコイツが死ぬと同時に何かあるってことか?
「ふっ、ようやく気付いたようだな。貴殿は既に私の手の中なのだよ。さあ、私と一緒に旅立とうではないか!」
そう言って男は両手を広げ、俺を羽交い絞めにした。しかも、思ったよりもガッチリと。かなりの力で抑えられ、動こうにも動けない。ってかそもそもなんでこんな力が出るんだ? コイツ心臓刺されてるんだぞ?
「ふふ、不思議そうな顔をしているな。なぜ心臓を刺しても動けるのか、と。死して尚なぜそれほどまでの力が出るのか、と。今回は特別にその答えを教えてやろう、それは私がまだ死んでいないからだ。貴殿は心臓を刺したと思っているのだろうが、私の体は先天的に心臓が逆位にあるのだ。つまり、そこに心臓はない」
そう言われて、俺は刺した箇所を見てみると、確かに思いっきり左に刺していた。ん、心臓って元々体の中央に無かったか? 左の方が強く鼓動を感じるのは確かそっちの方が出力が大きから、だったような? たとえ逆の位置にあったとしても真ん中じゃないのか?
でもそう言われてみると、確かに俺は左の中でも結構左の方に刺していた。多分、刺したときは心臓だから左! って咄嗟に思ったんだろうなー。まあ、仕方がないか。
「やっと諦めがついたようですね。まあ、この状態では無理もありませんね。もうすぐ私諸共あの世行きです、良い人生でしたか?」
良い人生だったか、だと? まあ、褒められる生き方はしていないから確実に天国はいけないだろうなー。ってことは地獄になるんだろうが、地獄ってなると、あの閻魔がいるってことだよな? それはそれで毎日戦わされそうだな。
うん、まだ死にたくない。それに俺はまだ諦めてないぞ? 勘違いしてもらったら困る、お前が死んでないことを納得しただけだ。
恐らく、この状態でトドメを刺してくるのは結構前から俺の命を狙って姿を晦ましていた輩だろう。なるほど、この作戦を成功させるために俺にダメージを与えることよりも潜伏を優先していたんだな。
もしかしたらそこにいる、まだ戦いに参加していない弓使いの可能性もあるが、それは可能性としては低いだろう。なぜなら俺に視認されているからな、何かおかしな行動を取ればすぐに分かる。
それと同時に、この拘束から逃れる手段を考えないとだな。多分光速を使っても一緒についてくるんだろうなー。気分を悪くすることはできそうだが。
じゃあ、とりあえずは離してもらう方向で行くか。使うスキルは、【
「おい……離せ」
「な、っ!?」
まず、魔王勅命によって無意識に俺の言葉に従おうとしてしまう。だが、もし意思が強かったら抵抗されてしまうかもしれない。だから麻痺の魔眼で痺れさせ体の制御を奪う。そして、サイコキネシスで拘束の手を緩めれば……
スルッとほらこの通り。
ッドーーン!
そして、俺が敵の手から逃れた瞬間に魔法が飛んできた。それもかなりの威力だ。まず間違いなく俺を抑えていた武人さんは助かっていないだろうな。そして、
「見つけた」
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