第845話 復活


 俺はしょうもない雑念を振り払うと目の前に突っ立ている大剣使いに目をやった。


 今の惨状を第三者視点ではどのように映っていたのか知らないが、その目にはまだ闘志が宿っていた。お相手さんに下がる意思がないのであれば俺もそれに応じるまでだろう。


 どこかで戦った気もするが気のせいだろう、こんな大きな剣を持ったプレイヤーと戦ったことがあるならば流石に覚えているはずだ。俺の記憶容量を舐めないで欲しい。


 しかし、そんな俺を嘲笑うかのようにその相手は既視感のある、地面スレスレに大剣の切先を浮かして俺に接近してきた。うん、仮に俺が見たことあったとしてももっとギリギリだったからコイツではない、間違いない。


 似ていたとしても明らかな別人である。つまりは俺を愚弄するためにわざと似せているのだろうな。そんなことは許されない。


 そんな俺の考えを証明するかのように、目の前の敵は俺の予想とは大きく異なる行動をしてきた。その男は、大きな大剣を頭上に大きく振りかぶり、俺を一刀両断にしようとすべく、勢いよく振り下ろしてきた。


 俺の記憶にある大剣使いはもっと大剣に振り回されてる印象があったからこんな自在に操っているのはおかしい。つまりは同一人物ではないということだ。地力が高いことによってバレるとは思っていなかったのだろうが、俺を甘く見てもらっては困るな。これでもクランのリーダーだぞ?


 先程のパンチよりも更に遅く見えるその剣を俺は避けることもせず、剣の腹をまるで引き戸を開けるように左手で剣をスライドさせた。


 すると俺を真っ二つにしようとしていた剣筋が気づけば袈裟斬りのようになり、その上、何も斬ることはできずに終わってしまった。


 ふむ、これが空を斬る、ということか。


 不味いな、集中しないといけないのにも関わらずさっきからついつい思考がそれてしまう。俺に余裕がある、と思えば良いことなのかもしれないが、流石に注意散漫が過ぎるな。今はまだ砦の前だから敵が弱いのだろうが、中に入る頃にはもっと集中しないといけないはずだ。


 この思考も集中していない証拠だな、と思いながら、残った右手で驚愕の表情を浮かべている敵のお腹、いや鳩尾に向かって正拳突きを放った。


 俺の雑念を振り払うかのように放たれたその拳はしっかりと腰の回転も乗っていて、個人的にはかなりの出来だと感じた。しかし、結果は予想以上だった。


 まず、訂正しておかないといけないこととして、俺は正拳突きとは言ったものの、さっき手刀をした影響か掌が握られておらず、拳ではなく手の指をまっすぐ伸ばした形になっていたままだった。つまりその時点で正突きではなく、ただの貫手になってしまっていた、ということだ。


 その結果、貫手という文字からも分かる通り、貫通力が大幅にアップされたのか……


 グチュ、という音が聞こえた後、俺は特に何かが吹き飛ぶ音も、衝突する音も俺の耳は拾えなかった。


 それはつまるところ、俺が与えたエネルギーが運動エネルギーに変換されなかったことを意味するわけで、俺の右腕にはなんだか変な重みが感じられるわけで、、、


 観念して顔を上げると、俺は驚愕した顔と目が合った。


 今にも目ん玉ひん剥きそうな顔、という方が正しいかもしれないが、その男は俺の腕の上で、いや中で? ……上で静止していた。


 俺は全力で現実逃避をしようと試みたがついに、認めることになってしまった。流石に右腕に感じられる重量感を騙すことはできなかったみたいだ。


 そう、俺は人の体を貫いてしまっていたのだった。


 おいおい、さっきの手刀といい、ワタクシ人間ヤメテマセンカ?


「……」


 魔王だからいっか。


 もう考えるのすら面倒臭くなった俺は、雑な結論と共に右腕のお荷物を振り払い、砦の中へと歩みを進めた。

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