第822話 焔影


「んーっと、撮れてる、かなー?」


 砦の前で一人の男が虚空の前でポーズを取り、喋りかけていた。


「よーし、今日はクラン抗争三日目ですね! いやーこの戦いはいつまで続くんでしょうねー。でも、今日も勝つのは僕達だっ! と言うわけで皆さん最後まで見てってねー」


 その男は非常に端正な顔つきで、まさに好青年、と称すべき見た目であった。声もそれに反せずよく通る声でいて尚且つ、誰も不快にさせないような、そんな声であった。


 彼はクランAA《エーシーズ》の焔影と言う人物でライバーをしているものだ。界隈ではかなりの認知度と人気を誇り、彼が扱ったゲームは即日売り切れてしまう、そんな逸話すらあるほどだ。


 この男が人を惹きつける最大の要因として圧倒的なプレイヤー技術の高さが挙げられる。


 数多のゲームを幼い頃からやってきたことからくる、天性の勘に加えて他のプレイヤーとの絶対的な差をつけるプレイ時間、そして何よりの才能であるVR適正、これらが全てが重なり合い、このVRゲーム時代においては無類の強さを誇る。


 もちろん、全てのゲームに置いて最強、と言うわけではない。いかに彼とはいえそのゲームを極めているプロには及ばぬだろう。しかし、それでも初めてやるゲームでメキメキ強くなって一般プレイヤー相手には無双してしまう姿は、男の憧れであった。


 さらに、その顔と声、性格の良さから女子人気も高く、男女共にカリスマ的存在であった。


 そんな焔影であったが、彼は今はVRMMOにハマっているのだ。


「さーて、夏休み特大イベント真っ只中なんだけど、ちょっとクランが強すぎちゃったねー。これじゃあ僕が出るまでもないかもしれないねっ!」


 彼はなおも虚空に向かって喋り続けていた。ライバーは沈黙こそが一番の敵であるため、プロである彼は決して間を作らせない。


 実際には虚空ではなく、彼の目線の先には小さなマークのようなものがあり、そこから配信をしていた。このゲームでは配信や動画撮影をすることに対して寛容でむしろして欲しいと思っている節がある。


 そんなわけだからかなりライバーに対して配信がしやすいような環境が整っている。このホロライブカメラもそのうちの一つである。


「今日は絶対に活躍したいから、ちょっと敵の砦に単騎凸してみようかなー。クリップしやすいだろうし、一人でわちゃわちゃしても多分大丈夫だよね?」


 男は短剣を両手に構えて、カメラに再びポーズを取った。そのまま、リアルタイムのコメントを見て、とてもご機嫌そうな顔になる。


「うんうん、いいよねー! よーしじゃあクラマスに言ってから早速凸しますか!」


 彼がそう言って砦に戻ろうとした瞬間だった。彼はいつもなら感じるはずのない感覚、悪寒を背中に感じて振り返った。


 しかし、そこには誰もおらず、気のせいかと思った。だが、彼の鋭い感覚はある一人の侵入者を捉えたのであった。


 キンッ


 何者かも分からないその者は、手に刃物を携えており、今まさに焔影の背中に突き刺すところであった。


「おーっと、危ないねー! でも、見つけちゃったね! ここに一人で攻めてくるなんて大した度胸だね! その度胸に免じてこの僕が直々に


 焔影は発言を続けることは愚か、その行為に反応することすら許されなかった。


 視界が九十度、百八十度と目まぐるしく回転し、気がつけばイベント開始前の地点へと戻ってきていた。


「へっ?」


 焔影は理解が全く追いついていなかった。何が起こったのかさっぱりだった。


 しかし、全て自身のカメラに納められていた。彼自身の首が刎ねられるところも含めて。






——————————————————

焔影、なんて読むかはあなた次第。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る