第765話 眼鏡の奥


「ぐはっ!」


 今日も僕は吹き飛ばされる。


 僕は、魔王軍諜報部隊が一人、ストロンだ。とは言っても諜報部隊が一人しかいないんだけどね。


 そして僕は今、魔王軍の精鋭部隊に鍛えられている。いや、サンドバッグにされている、と言った方がいいだろうか。


 もう何日が経過しただろうか。毎日違う相手に五十回は死ぬように言われている。魔王様の意図が僕には分からない。同じプレイヤーではあるというのに、僕とあのお方には雲泥の差がある。それは地位や権力、そして単純な実力までほぼ全てにおいてだ。


 それなのに僕を使ってくれているというのはとても有難い、有難かったんだけど、もう僕は用済みなんだろう。


 急に呼ばれたと思えば、城の第一階層でスケルトンにやられ、その後は魔王様から直々にこの拷問のような所業を言い渡された。


 でも、魔王様は悪くない。どれもこれも長い期間があったのにも関わらず僕がちゃんとした結果を残せなかったからだ。


 プレイヤーだから殺しても意味がないからこうやって精神的にダメージを負わせているんだろうな。そうすることで情報の漏洩を防ぐのが狙いだろう。つまり僕のお役は御免ということだ。


「はぁ……」


 何よりも成果を出せなかった自分が憎い。強敵の情報が欲しいという魔王様の些細な願いも叶えられないようじゃそりゃ存在する価値もないんだろうけどさ。


 せめて、せめて一度くらいは僕の憧れた人の役に立ちたかったな。


「ぐはっ!」


 僕は吹き飛ばされながら過去の記憶を思い出した。


 ゲームを始めた時はそれこそ魔王様みたいに圧倒的に強くなりたかった。そしてそうなれそうな名前もつけた。


 だけど現実は違った。僕にはセンスがなかった。


 あまりに戦闘技術、いや技術とすら呼べないような、コツや勘というのが僕には欠落していた。そんな僕が一人で強くなれるわけもなく、はたまたただの足手纏いをパーティメンバーに加えてくれるお人好しはどこにもいなかった。


 そうして僕は情報やクランに所属し、なんとか自分の好きなゲームの世界に残り続けた。いや、そうするしか方法はなかった。でも、そこでも上手く結果は残せなかった。僕は要領が悪いということを痛感させられた。


「ぐはっ!」


 そんな中見つけたのが魔王様だった。その当時はまだ魔王様じゃなかったけど、一人で逞しく強くこのゲームに立っていた。そして、イベントで結果を残していく姿は正に僕の憧れそのものだった。


 そんなお方と僅かな時間とは言え、共に仕事をできたのはとても嬉しかった。もう、僕は十分満足だ。こんな愚鈍な僕がこれ以上何を望む必要があるだろうか、いや、ない。


 魔王様から正式に解雇を宣言されたら、このゲームを去ろう。もう思い残すことは何もない。


 そう決めた時だった。


「ぐはっ!」


 僕はまた吹き飛ばされ、死んだ。そして、



ーーー称号《百の屍を超えし者》を取得しました。


「ん、なんだこれは?」


 僕は見たこともない称号を獲得していた。情報クランにいた僕でも見たことのない称号だ。そして、それはもの凄いことだ。まだ誰にも知られていないってことだからな。


 誰にも知られていない? 本当にそうだろうか。いや、違う。おそらくこの称号を魔王様は持っているはずだ。そしてこれをゲットできると知っていて僕を何度も死なせたんだ。


「ま、魔王様……!」


 どうやら魔王様を信頼していなかったのは僕だったみたいだ。魔王様は僕を見限ったりはしていなかったんだ!


 自分が死にゆくことが分かっているのに、こんなにも足取りが軽いことがあるだろうか? 僕はもうスキップするみたいに精鋭部隊が待っている部屋に向かった。そして、


「ぐはっ!」


 今日も僕は吹き飛ばされる。

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