第607話 手合わせ


『ご主人様、恐れ多いのですが、どうか、手合わせ願えないでしょうか?』


 一番最初に俺にそう言ってきたのは、意外にもアシュラだった。


 まあ、意外ではあったものの、納得できるっちゃできるな。なんたって、コイツは魔王軍一の戦闘狂、バトルジャンキーだからな。


 その飽くなき戦闘欲がついに俺にまで到達した、ということだろう。


 しかし、これでも魔王軍のトップを張っているものとし、負けてあげるわけにもいかない。しっかりと、壁を見せてあげないとな。


『いいだろう。ただし、手加減をするつもりはないぞ?』


『ありがとうございます。手加減など滅相もございません、胸を借りるつもりで全力で参ります』


 ❇︎


 俺らは、共にアシュラの階層に移動した。ここが魔王城で最もタイマンに向いている環境だからな。


『よし、では、お前達も見ておくように』


 配下を全員そのまま連れてきた俺は、戦闘を見ておくように言った。俺とアシュラの一騎討ちは魔王軍の中でもハイレベルな戦いになるだろうからな。見て学べるものも多いはずだ。



『決着は戦闘不能になるまででいいか?』



『かしこまりました』



 戦闘不能になっても俺が回復させられるからな。最も安全な戦いなのだ。最悪死んでも蘇生できるしな。



『では、始めるとするか、先手はアシュラ、お前からくるといい』




『はっ、では行かせてもらいます。はっ!』


 アシュラが勢いよく踏み込んできた。アシュラはその三対の腕を持つという特性上、上半身、特に肩から上に目が行きがちだ。


 しかし、その上半身を支える下半身がショボいはずが無い。


 だって、考えても見てほしい。俺らに急に腕が四本と顔が二つ生えてきたらどうだろうか、絶対に足がすぐ疲れるはずだ。


 ……つまり何が言いたいかと言うと、俺自身、アシュラの足の力を舐めていたと言うことだ。どう攻めてくるか、に気を取られ、その基本的なことに意識が向かなかったのだ。


 大きな一歩で瞬時に俺に肉薄し、俺にアッパーカットを繰り出そうとしていた。初手から俺にアッパーを決めようとするなんて、欲張りなことだ。


 しかし、どうやら違ったようだ。俺の分割思考が警鐘を鳴らしていたので、大きくその場からひいてみると、なんと、そのアッパーカットを避けると、ちょうど当たるように二つの拳が配置されていたのだ。


 正直危なかったが、魔王として焦っているところなんて見せるわけにはいかない。


『ふっ、いい攻撃だな』


 どうやらこの筋肉マッチョアシュラは、体はゴツくても、脳筋ということではないようだ。

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