第530話 心の叫び


 ある一つの空間に閉じ込められた俺は、壁を壊す為に一通りいろんなことを試してはみた。だが、どれも壁を破るには至らなかった。そして、俺は今まで感じていた違和感の正体に気づくことができた。


 もしかしてこの空間、何も聞こえない、というか音がない?


 いや、正確には心臓の鼓動とかは聞こえるのだが、それ以外の音が一切耳から入ってこない。声を出しても頭の中で響くだけで耳からは聞こえていない、と思う。


 くそ、どうすれば良いんだ、何が目的なんだこの空間は。時間経過で出してくれるのか? だが、もう手が無い以上、それを信じて待つしか無いな。


 それにしても、このゲームにおいて、ただただ拘束される、というのは一番きついな。俺らプレイヤーというのはそもそもこの世界において、生と死の感覚が薄くなる。余裕で死に戻りできるからな。


 そして、俺はその価値観ランキングで言うとワースト一位を狙えるレベルだと自負している。だから別に死ぬことはどうってことはない。むしろ死ねるならありがたいと思えるほどだ。


 しかし、こうやって閉じ込められるとなると、どうしようもないな。死んでも良いんだが、負けた感じがして嫌なんだよな。まあ、とりあえず一旦、時間をおいて様子見してみよう。


❇︎


 しかし、こうして音を消されると、否が応でも内面に目が向いてしまう。血液が脈動する音もいつもよりも大きく聞こえるし、自分の頭の中の声も大きすぎる。


 取り留めもないことを考えていても、そのネタすら次第になくなってくる。そして、いつの間にか、俺は自分の過去、このゲームが始まってからのことを考えていた。


 最初にこのゲームに降り立ったのは、いつだっただろうか、まだ一年は経っていないだろう。最初はただただ死という存在に慣れたかったのだ。


 ウサギに刺されては死に、毒キノコを食べては死に、湖に潜っては死んでいたな。他にも、首吊り、斬撃、打撃、その他物理攻撃、窒息死もしたなー、あとは餓死、感電死、圧死、即死、爆死、水中毒なんて物もあったな、あとアニサキス。とにかく、いろいろな死に方をしたよな。


 そんな中俺は死ぬことによって何を得てきたんだろうな。そりゃもちろん、スキル、称号、ステータスなど様々なゲーム的恩恵は受けているが、それ以外に、俺の心情にはどんな変化があったのだろうか。


 最初は死ぬしかない、と思っていたこの人生に対して、もう少し遊んでみてもいいかもな、と思わせてくれたのもこのゲームであり、死という存在だ。


 人は皆、いずれ死ぬ、その中で何ができるか、どう過ごすか、が問われているんだろうな。


 俺は、このゲームで瞑想とかも長時間行ったおかげで思考回路もだいぶ変わってきたように思う。俺は人として成長できているのだろうか。このゲームにおける成長は間違いなくしているはずだ。それはステータスが教えてくれている。


 しかし、この人生をゲームに見立てた時、一体どのくらい成長しているのだろうか。ステータスも、死に戻りも、セーブリセットすらない、このクソゲーで。いや、運ゲーだろうか、金さえあれば解決できる課金ゲーとも言えるか。


 俺は今、楽しむ為にこのゲームをしている。だが、俺の人生の、ゲームの目的はなんだろうか。


 ん?


 そういえばこのゲームの目的はなんなのだろうか。さすがにゲームである限りグランドクエスト的なものがあるとは思うのだが……


 ここから出ることができたら、それを見つけるたびに出てもいいかもしれないな。


「…………」


 おい、全っっ然、出られる気配がないんだが、一体これはどうすればいんだ? 


 もう、なんか変なこと考えてしまうし、頭がおかしくなってきそうだ。もう、なんか、叫びたい気分だ。全てを吐き出したい。


 うぉおおおおおおおおーー!!!

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